幸せ者の敗北宣言(忍跡)
「えー……。そんなん急に言われても」
「何でもいいって言ってんだろ。そんな悩むことか?」
「その、何でもええっちゅーのが難しいねんて」
「うるせえな。俺様に叶えられないことでもあると思うのかよ?」
「ああ、うん、よう知っとる……」
返事をしながら、忍足は思わず乾いた笑いを浮かべる。
そうだろう。この男にかかれば、不可能なことなど皆無に近い。
だからこそ迂闊なことは言えないし、簡単なことを言っても機嫌を損ねてしまうだけだ。
とは言え、このままぐだぐだと先延ばしにしても不興を買うのも間違いない。
目の前の男は、いかにも楽しげにこちらを見て笑っている。
「ほな、こういうのはどうや。俺が今、跡部にしてもらいたいと思いそうなこと当ててもらうん」
「はあ?」
「ほら、跡部様に不可能はないわけやし?インサイトの力で、俺より俺自身のこと見抜いてそうやん?」
「……お前なあ……」
呆れ果てて言葉が出てこないらしい跡部に構わず、忍足はにっこりと微笑んでさらに続ける。
「ええやんかー。言われたお願いを普通に叶えるなんて、跡部やったら朝飯前やん。せやから、折角やし、もっと愛の力を見せてほしいなあ、て」
その一言に、ふうん、と跡部が鼻を鳴らす。
そして、忍足の眼をまっすぐに見つめて、物騒なほど艶やかな笑みをひらめかせた。
その眼差しに射竦められ、忍足は椅子に座ったまま身動きが取れなくなる。
しまった、と本能的に悟ったが、逃げ出すこともできない。
自分で己を膳の上に据えたのだと悟ったのは、跡部の白い指にすっと顎をすくわれた瞬間だった。
「そこまで言うからには、覚悟できてんだろうなあ?」
「覚悟って何の」
「そりゃ、俺の愛を受け止める覚悟に決まってんだろ」
この凶悪な笑顔さえ、彼の魅力を何ひとつとして損なうことはない。
そう思ってしまう時点で、すでに大概毒されてしまったのだと自覚すべきか。
「……ほんま、かなわんわ」
忍足の敗北宣言に、今さらだな、と彼は声を立てて笑い、キスを落とした。
作品名:幸せ者の敗北宣言(忍跡) 作家名:あらた