ヘタリア短編詰め込み
(米英)
首筋に指を絡めた。ひんやりとしていた。
親指を重ねて気道を詰めるかたちは手遊戯の蝶々のようで、
誰かが蝶々を見て言った「嗚呼また一人逝ったのか」とい
う言葉を思い出した。
蝶々は死の象徴だという。人の魂が蝶になり羽ばたくのだ
ろうか。それはならば蝶々は生をも示しているのだと思った。
それでもいまこの蝶々が示しているのは死への経路に違い
はない。
現に酸素を供給されなくなった可愛らしい恋人はその蝶々
にガリガリと爪を立てていた。しかしアメリカにはそれは
蝶々に手を添える可愛らしい手てにしかみえない。
「、メリカ」
苦しげな掠れ声で彼は呟いた。抗議ではない。
身体が生命維持のための防衛反応を示しているだけだ。そ
うでないというならばなぜそんなに幸せそうに笑む必要が
ある?
(そんなに死にたがるのなら)
口角が自然持ち上がるのが自分でわかった。
「殺してあげるよ、イギリス」
生を求めてひらり舞うのが蝶々だったならば彼は死を求め
て彷徨う蜻蛉だったのかもしれない。それもこの手でなけ
れば不満だというのだから性質が悪い。
嗚呼、笑むんじゃない。この死にたがり。
アメリカは彼の唇に呼気を吹き込んだ。二酸化炭素と窒素
と酸素。唾液。
生きるには十分な量だ。
*
(土日)
仮面の下に眠る瞳を覗きたいと思ったのだ。白磁のような
冷たいそれの頬に手を添えて日本は屈んで下さいと恨めし
げに強請る。
「なんでぃ、カーキの目ン玉なんぞ珍しかねぇだろ」
だいたいお前は素顔を見たことがあるのに何故そんな態々
覗き込みたがるのだ。
そう呆れた顔で問いかけられて、それでも日本は構わずに
もう一度屈んで下さい、と請う。仕方なしに膝を折ったト
ルコの肩口に手をかけて薄茶褐色の瞳を、日本はほとんど
仮面に鼻先を押し付けて覗き込んだ。
「土くれのような色」
言葉だけをきけばカチンとくるだろうと、容易に想像でき
るそれを日本はさも褒め言葉のような声色で呟く。
それはただし正直な感想だった。土くれのような。土は父
だ。海原が母ならば父は土だろう。
「愛惜しい」
ふふと吐息で笑って、呆気にとられている彼を哂う。
「嫌な奴だな、おい」
「好きなくせに」
「ご尤もだ」
にやりと彼の口元が笑んでたくましい腕が日本を抱き上げ
た。腕にすぽりと収まってしまうことを悔しげに思いなが
らも、視線の合う距離は瞳を覗き込むのには丁度良い。
「そんなに近くっちゃあなあ」
そう彼が呟いたかと思うと、その豪胆さからは想像も出来
ぬ優しい仕草で日本の唇を啄ばんだ。
*
(独伊)
「ドイツー、ドイツー!」
今日もやんややんやと騒がしい声を上げてイタリアが出勤
してきた。時刻はすでに10時を回っている。
へらへらという擬音の似合う表情とふよふよという擬音の
似合う歩き方に、すでに叱り飛ばす気力も尽きていた。毎
日のことだだー、と突撃してくる勢いだけは凄まじい。
毎度その勢いを敵前で示してほしいものだと思うのだが、
長年の付き合いでそれは無理なのだろうとこれについても
諦めをつけていた。
平和を愛する陽気な恋人の国なのだ、つまりイタリアとい
うのは。豊満な土地と温暖な気候に囲まれていれば、自分
もそうなっていたのかもしれない。すりすりとわき腹にし
がみついている(ハグだそうだ)イタリアを見下ろして、
ドイツはふとそう思った。そうすればもっと分かり合えた
だろうか?
(いや、)
は、と我に返ってくるんとしたあほ毛の彼を見下ろしなお
す。ふるふると首を横に数度振って考えを散から仕方がない。
おはようのハグらした。
(普通に考えて、こうはなりたくない)
イタリアは、つまりこの場合は北イタリアは、という意味
だが、イタリアは一人だからいいのだ。
(だいたい俺までイタリアになってしまったら、イタリア
を見て和むなんてこと、できなくなってしまうからな)
つまりイタリアはあくまで陽気な恋人の国なのだ。
「グンモーゲン、イタリア」
「ボンジョルノ、ドイツ!おはようのキスであります!」
挨拶を口にする奴があるか。さあ、今日も一日が始まる。
*
(韓中:ホスト×大学生パラレル/人名)
今日も奴は朝帰りだ。今日もというかそれが仕事なので
仕方がないのだがこちとら健全な学生である。すがすが
しいはずの朝っぱらから酒と女の匂いをさせているよう
なホストに絡まれたくはない。
「あーにき!今日は学校何限目からなんですか?」
「うっせーある。3限からあるがお前とは絡みたくねー
あるよ」
酷い、と泣き崩れるふりをするヨンスを尻目に耀は布団
の中で寝返りを打った。せっかく午後からの授業の日だ
というのに早朝(といっても6時だ)に叩き起こされて
すこぶる不機嫌だ。
「えええ、嫌ですよ兄貴と絡むために帰ってきたんです
から!」
「あー、うるせーうるせーある!我は酒と女の匂いさせ
てる奴に興味ねーあるよ!」
「なんだ兄貴!嫉妬ですか!そうならそうと言って下さ
いよ」
「お前のその斜め上なポジティブシンキングが大嫌いあ
る」
着崩されたスーツも、完璧にセットされた髪も!心の中
でそう続けると、布団の足の辺りが寒い。寝返りの打ち
すぎで捲くれたのだろうか。
「ってやっぱりお前あるか!もぐるな!帰るよろし!」
「やだな兄貴、ここが俺のいえですよ!」
「だからもぐるんじゃねえある!…ッ、触るな、手が冷
てぇある!」
作品名:ヘタリア短編詰め込み 作家名:tokky