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スターダスト

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予期しない来訪者が、無防備にドアを開けたイギリスの前で、少し疲れた顔をして笑っている。

「悪いんだけど、今晩泊めてくれるかい?」
「お、おう」

出戻った娘を迎える父親の気分とは、こんなものだろうか。
そんな事を考えながら、イギリスは、殆ど荷物を持たずに身一つでやって来たらしいアメリカを、家に招き入れた。

***

懐かしい、夢を見ていた。
まだアメリカが可愛げのない口答えをする前、小さく、可愛らしくて、自分の後をとてとてと付いて回っていた頃。

イギリスがアメリカの元を訪ねると、いつもそのドアをくぐると同時に、腰の辺りに体当たりに近い襲撃を受ける。
この日もそれに構えていたイギリスは、しかし数秒待ってもこないアタックに、首を傾げた。
この家の家人とは既に顔なじみとなっている。姿を見ればすぐに通される広い屋敷の中を歩いていると、程なくしてその答えが見つかった。
「なんだ、寝てんのか」
ベッドの上で白いシーツに沈む小さなアメリカが、健やかな寝息を立てている。
平和を絵にかいたような様子で寝ている、アメリカを起こすのは忍びない。イギリスは、手土産に持ってきたスコーンを掲げて、仕方ねーな、とため息をこぼした。
「……いぎりす?」
その気配で目覚めたのか、アメリカが瞼をこすりながら、やや寝ぼけた声を上げた。
「起こしたか、悪ぃ」
「ううん、イギリス来てたんだね。ねぇ、それはなんだい?」
「お前が食うかと思って、持って来たんだが……」
「わぁスコーンだね! 嬉しいよ!」
小さな手のひらを広げて強請る姿に、イギリスはつい緩んだ顔を隠しながら、ぶっきらぼうに押し付ける。
「う、美味いからって食いすぎるなよ」
「うーんそれは難しいな。イギリスの持ってきてくれるお菓子なら、いくらでも食べられるからね」
「そっそうか、じゃあこれ全部食っていいぞ」
「わぁ! いいのかい?」
ぱくり。と、小さな口いっぱいに頬張って、アメリカはもぐもぐとスコーンを食べていく。誰に取られる心配もないのに口の中にぎっしりと詰め込んだため、しゃべる事も出来ない。
美味いか? とイギリスが聞くと、言葉よりも雄弁な表情で、アメリカが大きく頷いた。星空を閉じ込めた瞳が、キラキラと輝いている。
それならよかったと、イギリスは満足げに頷いた。
小さな袋に入れてきたスコーンはすぐになくなり、ベッドの上にはアメリカの食べこぼしたかすと、空の袋が残っているだけだ。
「お前、相変わらず食べ方直んねーな」
きたねーなぁと言って手を伸ばし、アメリカの口についたかすを取ってやる。ついでにそれを、ひょいと口に入れた。
うん、美味い。我ながら味見もせずによくこれだけのものが作れるなと感心する。
「また持ってきてやるよ」
「うんっ、……ふあぁ」
食べて腹が膨れたら、再び睡魔が襲ったらしく、アメリカが眠そうに目をこすり出した。さっきまでもりもりお菓子を食べていたのに、忙しいやつだ。
「寝るのか?」
「でも、せっかくイギリスがきてるから……」
そう言う声も、微睡みに飲み込まれそうで、イギリスは苦笑しながらアメリカの頭を撫でてやった。今日は、本当は少し顔を見に来ただけだった。でもそんな事を言われたら、イギリスは折れるしかない。
「しょうがねぇな、今日は泊まるか」
「えっいいのかい?」
「別に急いで帰ることもねぇし。また明日遊んでやるから、早く寝ろ」
「うんっ」
いつも帰り際には寂しそうな顔をして見送るアメリカは、イギリスが泊まって行くと言うと本当に喜んだ。嬉しさを体全体であらわすアメリカにせがまれるまま、夜通し童話を読まされたこともあったな、と思い出して笑った。
とりあえず眠そうなアメリカを寝かしつけようと、イギリスはジャケットを脱いで、布団の中に収まるアメリカの隣に腰掛ける。
「特別に、子守唄歌ってやるよ」
「こもりうた?」
「子供寝かしつける時に歌う歌だよ、俺が歌うんだから一瞬で寝るだろ」
「そうなのかい? 楽しみだな」
肘をつく体制で体を倒すと、咳払いをひとつ。んんっ、とイギリスは態とらしく喉を鳴らして、静かに歌い出した。
「Hush-a-by baby On the tree top, ……」
肩を叩くリズムをメトロノームにして、懐かしいメロディを口ずさむ。歌って聞かせた事なんてないから、音程も歌詞も記憶の糸を手繰り寄せながらのたどたどしいものだったが、一頻り歌い切る頃にはアメリカは柔らかくリズムを取るイギリスの手ひらの下で大人しくなっていた。
子守唄の効果ってすげぇ、とイギリスは内心驚く。
「寝たか?」
「……イギリス」
寝ているかもしれないアメリカにそっと呼びかけると、布団に隠れた中からくぐもった声が返る。
「なんだまだ起きてたのか」
イギリスがそう言うと、アメリカは目元だけ布団から出して、イギリスを見上げた。眠そうに瞬きながらも、何か言いたげなアメリカに、イギリスは耳を寄せて聞く体勢をとってやる。
その服の袷せを、アメリカがそろりと伸ばした手でキュッと握った。
「あのさ、寝て、起きてもちゃんとここにいてくれよ? 勝手にどこか行ったらダメなんだぞ」
放さない、とでもいうように、服を掴む手はしっかりと握られている。不安そうなアメリカに、イギリスは小さく笑って、手のひらに収まりそうな後頭部をくしゃりと撫でた。
「――あぁ、大丈夫だから、もう寝ろ」
「うん……おやすみ」
イギリスの笑顔でやっと安心したのか、アメリカはほっとした顔で頷いて、やがてすうっと眠りに落ちた。
「――おやすみ、アメリカ」

---寄稿sample---
作品名:スターダスト 作家名:hnk