徒花
一緒に入った喫茶店で、空は唐突にそんな話を切り出した。凡そ、付き合いたてのカップルがして良いような話ではなかったけれど、一向に出てくる気配のない紅茶を待つ間に話題は底を尽きてしまっていた。
「…知ってたし、俺も太一の事は好きだった」
顔を赤くしながらもむきになって言い返す辺り、彼はとても可愛らしい人だと空は思った。実際、ヤマトは今も昔も可愛い人だった。彼に対してそれ以外の感情を持つのが難しいくらい、可愛い人だった。その彼が今、自分の目の前で少し不貞腐れながら頬杖をついているのを、空はなんだか不思議な事のように思った。それから、それがどうして太一じゃないのかしら、とも思った。罪悪感は湧いて来なかった。恐らく、目の前のヤマトだって同じ事を考えている。ヤマトの考えている事ならば、空には一から十まで全て分かるような気がしていたし、実際に彼が一体どんな言葉が欲しいのかを的確に捉えられるのは空だけだった。
「知ってるわ。私、それもちゃんと知ってたの」
そして、自分と太一では上手くいかない事と、ヤマトと太一でもやっぱり上手くいかない事だって空は知っていた。
「だって私、太一の事が本当に好きだったんだもの」
恋は盲目とはよく言ったもので、空にはヤマトが考えている事なら誰よりも分かるのに、太一の考えている事は一つも分からなかった。分からなかったけれど、彼が誰よりもキラキラしている事だけは分かっていた。そのキラキラはいつだって自分のそばにあったはずなのに、三年前の夏には最早同化してしまうんじゃないかと思うくらい近くまで行けたのに、それも少しずつ遠く離れていってしまって、今はもう追いかける気すら起こらない場所にいるのだ。悲しいよりも寂しくて、寂しいよりも当然だと思う気持ちの方が強かった。だって恋は盲目なのだから。
「私たち、きっと誰よりも気が合うわよ。二人とも、こんなに太一の事が好きなんですもの」
そう言って空は笑う。ようやく運ばれてきた紅茶の湯気越しに見たヤマトの顔は、なんだかぼやけてよく見えやしなかった。自分の姿だって、向こう側から見ればきっとぼやけているのだろうと、彼の赤くなった目を見ながら空は思った。