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悲しい朝と冷たい太陽

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不安、心配、焦燥、戸惑い、不審。
そんなものが全て混ざりあったら、こんな色の空気をうみだすんじゃないだろうか。
完全な闇ではない、仄暗くて、自分の形が分かるほどには明るい。
夜明けは未だ訪れてはいないが、月が出ているわけでもない。
夜空には、星すらも、きっと見えない。
照らすものといえば、あたりに広がる街並みの明かり。
街頭、コンビニの照明、まだ起きている人々の活動の証拠、そんなものが都会の片隅を不気味な色の明るさに包む。

例えば、ここで一つだけ、仮定してみよう。
全てが嘘であったのならば。
そうしたら、その仮定すら嘘になる。
しかしその嘘になるという結論すらも、嘘であるという仮定が。
あぁ、結論の出ない証明。
証明を終了する記号はいつまでたってもあらわれない。
全てが矛盾、ならば、全てとはなんだ?

ぐるぐると、渦巻くものはなんだろう、鈍い痛みと軋む体と倦怠感。
風邪なんてひくから、こんなことを考えるのだということは分かっている。
しかし、それでも全てが信じられなくなってしまう。
全てが嘘ならば、自分が信じていた愛はどうなってしまうのだろう。
可愛いものを、愛すべきものを、愛して、愛されて、それでも遠い、何も、届かない。

ごぼり。

海の中で呼吸をした時のような音が響く。
あぁ、息ができない、苦しい、苦しい。
(悲しい?)
あぁ、これは、羊水の中か 母 あぁ
ならば外に出なければ、そうして泣き叫びながら、日の光を浴びなければ。

がちゃり 鍵の閉まる音

あぁ、光は届かないのか。
それならば、そうだ、こうして一人でいればいい。
外に出る必要はない。
泣き叫ぶ必要もない。
なのに、なのに。
変な色に包まれていた夜は消えて
いつの間にか朝が訪れようとしていた。
頭を浸食する鈍い痛み、軋む体、倦怠感。
寒い、さびしい、怖い、悲しい、
羊水の中で何を願う、母が いや 何が ほしい、 の、 か。

近づく足音、誰だろう、あぁ、この音は。
おかしい、鍵の閉まる音がしたのに、もしかして、あれは鍵の開く音だったのか。
この音は、気配は、空気は、体温は、熱は、言葉は、呼吸は、笑みは、掌は、肌は、唇は、雨は、
降りそそぐ、ものは、



「……帝人?」
「千景さん、熱下がってないんですから、まだ寝てた方がいいですよ。」
「お前、今……。」
「……おやすみなさい。」

あぁ!お前は、今、キスをしてくれただろう!
額に、熱を確かめる掌の後に。
しかし、隠すように、照れたように、会話を打ち切られる。
けれども、響く、雑誌のページがめくられる音、そばに感じる気配。
光、空が明るくなる、夜明け、そうだ、もう、朝だ。

「寝ないんですか?」
朝日を浴びて言う、お前に、会えた。
(だって、朝だから)

のぼる朝日の先でしか、お前に会えないのならば、
ぐだぐだと眠っていたいこの体を、無理やり起こそうとするあの太陽を、
朝になってしまったという絶望と腹立たしさを、
あの眩しすぎる光を、やっと、やっと、好きになれそうだなんて思ったんだ。

鍵は、閉まったのではないんだ、開けてくれたんだ、お前が、誰でもない、お前が。

空気が、変わった、極彩色に色づいている。
極彩色と言っても、派手なわけではなく、透き通るような、パステルカラーの、甘い香りさえ漂ってきそうな、空気。

「寝たくないな、帝人がいるから。」
「……寝ないと、治りませんよ?」
「大丈夫、キスしてもらえたから。すぐ治る。」
「なっ……!!」
色づく、彩る、赤く染まる、お前の顔。

「やっぱり、気付い、て……ましたよ、ね。」
「そりゃあねー。もうすぐ、治るよ。」
「そんな、根拠もなしに……。」
「ははは。」

響く、笑い声。
苦笑するその姿が、ただひたすらに、愛おしい。

夜明けの空気が、部屋を、世界を、自分が今認識できうる全てを包み込んでいる。
しんとした、凛とした、少し冷えたその空気。けれど決して、冷たくはない、極彩色の空気。
「寒いね、まだ。」
「でも、もう春ですね。」
「花見行きたいな。」
「……千景さんの風邪が治ったら、一緒に行きましょう。」

(その言葉は、本当?)

「……あぁ、そうだな。」

こんな嘘を言う人間じゃないって知っているが、
例え、万が一、嘘だろうと、そんなことはどうでもいい。
俺が、全てを本当に変えるから。
彼も愛も存在も意識も声も体も手も唇も指も髪も肌も熱も呼吸も虚空も愛も愛も愛も愛も愛も
真実にするから。

だから、のぼる朝日も、愛することができるのは、まぎれもない真実。



  悲しい朝と  
         冷たい太陽



そんなものは、嘘だった。



100401
作品名:悲しい朝と冷たい太陽 作家名:るり子