関西選抜戦
対峙した時間は一瞬。
何かが変わった。
そう気が付いたときにはボールも、彼も目の前からは消えていた。
振り返れば背後を駆けていく、もう見慣れていた、でもずいぶんと見ていなかった後姿。
「速攻!」
迷いもなく指示を出す凛とした声を聞くのもずいぶんと久しぶりで。
何ヶ月ぶりやろ…………。
彼の足元から離れたボールは瞬く間に自軍ゴール前まで運ばれて、きわどいタイミングで放たれたシュートはぎりぎりキーパーのファインプレイでゴールの裏に転がった。
ゴールネットの裏に転がるそのボールを悔しそうに睨みつけた彼がくるりと振り返ったのは次の瞬間。
『次は決めてやるからな』
声など、聞こえなくても。
あんな表情をしている彼が何を言いたいのかわからないほど短い、薄い付き合いではなかった。自分と彼は。
悔しさを前面に押し出した子供のような顔。
すました顔をして意外に感情が素直に表れる彼には珍しい表情ではなかったけれど。
その中に確かに、この対決に楽しみを見出している、そんな笑みも混ざっているのを発見して。
『やれるもんならやってみい』
自分もまた声を出さずに表情だけで返して見せる。
伝わるだろう。今の彼になら。
「シゲ、なんやおまええらい楽しそうやで」
「そらしゃーないわノリック。俺はぶっちゃけこの試合がやりとーて京都に戻ってきたんやで」
そう、彼と。
本来の自分を取り戻した彼と、全力で戦ってみたかったからこそ。
すべてを捨てて、彼のもとを離れて、自分は父の下に戻ったのだから。
すべてのしがらみを乗り越えたような、あの笑顔が見たかった。
何も知らない子供じゃない、でもあのころと同じように笑える彼と。
サッカーが、したかったから。
今コートの外、白いラインのすぐ側にたたずむ彼はまっすぐに視線を自分へと向けてくる。
サッカーをするたびに痛みをこらえるようにしていた表情は、今は楽しそうに笑みを浮かべて。
やっと、もどってこれたんやなあ………。
それを直接的に促したのはおそらく自分ではないけれど。
それだけはどうしようもなく悔しかったけれど。
でも、今彼の目に映っているのは紛れもなく自分自身で。
ならば今、全力をもって彼と最高の試合をするだけだ。
「面白くなりそうやな」
「言ってろ馬鹿」
昔どおりの軽口に、あきれたような返事が返ってくる。
それが何よりも嬉しかったのだと、言ったらさらに呆れられるだろうか。
「勝負はこっからやで!」
再開の合図が高らかに響く。
その笛の音が鳴り止まなぬうちに動き出す選手達、放たれる白と黒のボール。
夢中で追いかけて、そうして、終了の合図がなったら。
話をしよう。
言いたかったこと、言えなかったこと、聞きたかったこと、聞けなかったこと。
今ならきっとできるから。