友情以上、恋愛未満
帰り道、鮫川の河川敷を通った。いつもの道は、狭い道路に自動車の数も多く煩わしい。河川敷は、夕暮れに染まる川を見ながら、車を気にせず広い道を歩ける。帰りはこの道を通るのが、白鐘直斗は好きだった。
鮫川河川敷には等間隔に東屋やベンチが設けられていて、地元の老人会がボランティアできれいに草を刈っているので、とても居心地がいい。夕方はいい具合に空席があって、いつでも好きな時に座って、ちょっとしたメールチェックと返信をすることもあった。
そろそろこの辺で、腰掛けようかなと見回すと、見知った顔があった。
直斗は自覚なく顔が綻んで、ベンチに掛けて大きな肩を丸め、携帯の画面を覗き込む彼に近寄る。
「巽君!」
「え! お、おう……」
彼はいつも、自分が声をかけると歯切れが悪い。目を合わせようとしない。だが、それで嫌われているのではないのは、これまで彼——巽完二が自分をどれだけ助けてきてくれたかで、わかっている。
「どうしたんですか? 巽君もメールチェックですか?」
そう言って直斗も腰掛ける。
「あ、ああそうだよ! メールチェック、そうそう!」
うわずる声でそう答える完二の親指は、クリアボタンを長押ししていて、直斗からそむけられた携帯には、何も書かれていないメール作成画面が表示されていた。
そうとは知らず、直斗はあまり他の人には見せない、屈託ない笑顔を完二に向けた。
「そうですか、僕、歩きながらメールチェックというのはどうも注意力が散漫になるので、こうやって落ち着いてやるんです。ちょっと失礼しますね」
——か、かわいいなぁ……ちくしょう!
隣でメールチェックを始めた直斗を、長身の完二は見下ろす位置になる。小柄な直斗が隣でちんまりと携帯を操作する様は、カワイイもの好きの完二にはたまらないものがあった。
思わず全消ししてしまったメール作成画面を、もう一度見た。そこには、次の日曜に直斗を街へ誘う内容が書かれていたが、どういう用件で一緒に行こうと書いたものか、迷っているときに直斗に声をかけられてしまった。
——これは直接誘えっていう神の啓示か? それにしたって口実が無いのは変わんねーじゃねえかよ!
おまけにおそらく探偵の仕事がらみでメールチェックしていると思われる直斗に、そういう誘いを口にするのもはばかられた。
そうして完二がキュンキュン悶々と携帯を操作しているフリをしているうちに、「ふーっ」と一つため息をついて直斗は二つ折り携帯をパタンと畳んだ。
「終わりました! 失礼しました。では僕はこれで」
「えっもう? あっいや、その!」
あっさりと立ち上がって帰ろうとする直斗を、焦って見上げる。
直斗は完二の顔を少し驚いて見ていた。目が合って思わず、完二も立ち上がった。
「お、送ってやんよ……」
「え、……ありがとう」
直斗がまた屈託の無い笑顔を自分に向けているというのに、完二は顔をそむけてるものだから、それに気づかずにいた。
二人はまだ気づいていなかった。どうして今度の日曜に誘いたいのか、どうして送ると言われて断らないのか。でもどうしてか、口元がむずむずして、胸が少し苦しい。
二人が歩き出した河川敷、夕日が、並んだ二人の長い影を作っていた。