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夢轍 [2] 変革、廻り出す音、雨と奈落2

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 青臭い正義感だ、考えなしだ、そういう言葉を友人から何度も言われ、諌められたとても、マリクの中に芽生えた沸々と湧き上がるものは輪郭をより一層明確にするばかりなのだ。捕えたウィンドル兵から奪えるものを全て――その精神に根差すものまでも奪い、そして労働人員として最も過酷である地下へと押し込め、利用しつくして殺すようなこの祖国を、祖国とは思いたくはない、そう感じたことも一度ではなかった。だが、白と灰色に閉ざされ鉛色の空を抱く場所に戻ると、どこかで安堵する。大煇石のお陰で過酷な環境下に置かれようと、ここに息づく人々の姿も、またここで生まれ育った自分自身のことそれらまでを否定は出来ないのだ。孤児だった自分を育ててくれた老いた義父母も、そんな自分達家族を励ましながら支えてくれた人々も、帝国臣民であることに誇りを抱いている。だから、マリクは士官学校に入りこうして今は軍部で将校を務めるまでになっている。
 ならば、変えれば良いのだ。国を、この歪で不恰好な、侵略と言う暴力でしか豊かさを見出せぬ、フェンデル帝国の生き方そのものを。
「マリクさん、本当にいいんですか」
「ああ。俺は本気だ」
「ですが、こんな方法であの人を仲間に引き入れたとしても……恨まれるだけでは」
 計画を密やかに打ち明ける気になったのは、彼が自分と同じ思いを抱いているのだとなにげない談話の中ぽつりと漏らされたからである。最も、この配下として宛がわれた訓練中の士官候補生はマリクの胸中を最初から知っていたわけではなく、彼自身から自ずと出た言葉だった。だから、その言葉に己もまた鼓舞された気になり、マリクは答えた。「ならばやってみるか」最初は驚いた風であった青年は、だが次の瞬間には真顔で頷いた。
 大分臆病で思慮に優れる彼は、それからマリクと行動を共にすることが多かった。例の押収した新型と兵士にしても、すぐさま実行せねば騒ぎになるであろうことを考慮して、やはり彼に相談することにした。士官候補生といってもピンキリだ。そして、彼はひどく優秀な士官になるだろうという確信がマリクにある。他に何人か宛がわれた連中と比べても明らかに抜きん出ていた。
 そうして情報を集めた結果、この新型は友人カーツが主体となり開発しているという確証を得るに至り、マリクは決断した。
 友人カーツが、開発現場で難しい立場に在ることは再三聞き及んでいる。酒の席で上層部への不満を彼らしからぬ様子でぽつりと漏らすことも増えた。そしてあのリジャールという男が居るかぎり、友人の苦悩は解決はされまい。かといって、アンマルチア族との縁もあり先のベラニック奪還戦で大規模な戦果を誇った第一技術部隊大尉が彼の直接配下の人間である以上、総統閣下はかの男の首を切るとも思えない。現在、新兵器である蒸気機関戦車を扱うことが出来るのは、彼の部隊の人間だけなのだ。
 カーツのフェンデルに対する感情を誰よりも知っているのは、このオレだ。士官学校で共に歩んだからこそわかる。寡黙で無愛想な男だが、だからこそ内に秘めている熱は誰よりも大きい。あの男の憂国の想いこそ、マリクが考える改革運動の要たりえる強さを持つ。強き鉄のような男、事実彼の名は実戦部隊では有名だった。何度も試作と運用を重ねたであろう彼の銃剣は、驚くほどに扱いやすい。リジャール中将などという男の下で黙々とただ煇術銃開発さえ可能であれば良い、そう断言するカーツだからこそ、喉から手が出るほど欲しいのだ。
 マリクは、自分が感情に逸り易いという自覚があった。それでも、この改革の志に関しては思慮に思慮を重ねたつもりではある。だが、それでもまだ足りない。成る程感情に逸り易い分行動力という点でマリクは指揮官連中にも評価されている。が、些か短絡的過ぎるという批判も何度か受けていた。その点カーツは、士官学校時代からの親友は、全く逆の性格だった。思慮が過ぎてあのような中途半端な役職に置かれずともよい苦労をしているのもその性格がしてであったが、これからマリクが成そうとしている事は、そんな友人なしには考えられない。
 現政府に叛乱を起こす――何れはクーデターという直接的武力行為に出る。そうする為には多くのものが必要だった。何より、後ろ盾などは皆無である。だからせめて、それらを成す知恵が必要だった。小さな叛乱では、無意味だ。上層部に、総統に、自分達の主張を、叫びを知らしめ認めさせなければ意味は無い。
 カーツが、実は実戦及び戦略面でも並々ならぬ才を持っていたことを知るのは、士官学校の教官や同期の一部だけだ。武器を持っての戦闘訓練では、結局勝敗はつかなかった。戦術戦略という方面では、恐らく勝てない。
 知らず階段の手すりを握り締めていた手に力を込めると、腐食して朽ちかけていたそれはいともあっさりと、折れてしまう。マリクは、手の中に残った金属であったものの残骸を、じっと見つめた。
 まるでこの国の現状のような色をしてやがる。赤く錆び付き元の色も判別出来ない。
「そうだな。もし、それであいつが俺を恨み軽蔑する、というのなら、それはそれでいい」
 金属の残骸を握り締め、手の中で崩れる感触を覚えながらマリクは目を上げた。
「だが、それでも必要な男だ。簡単に自分の居場所を変える気はない、そういう気概があるなら尚更に、な」
 それで駄目ならばそれまでということだ。覚悟が伝わったのだろうか、青年はごくりと喉を鳴らして、それから頷いた。