夢轍 [2] 変革、廻り出す音、雨と奈落3
あまりに唐突な呼び出しに首を捻りつつ指令部へと赴けば、待っていたのは法務部の制服だった。何事かと事態を把握しかねているカーツにつきつけられた書類をよくよく見れば、そこには横領の罪状が長々と連ねられ、そしてカーツの名が記されているのだ。
カーツが絶句していると、法務部の大尉と思しき恰幅の良い男が鼻を鳴らすや、ずいと歩み出てきた。
「貴様、第六技術部所属、カーツ・ベッセル技術少尉であるな」
まるで全身をねめつけるような視線と、しゃくった顎にふるえる贅肉がカーツの不信に揺れる心を刺激した。一体全体、何故俺はこんな軍法会議めいた場所に呼び出されたのだ。何故、俺の名前がここにあるのだ。開発費横領疑惑、など、一体何の事を示しているのだ。叫びだしたい心境を必死に抑え、カーツは呻き、ようやく上官に対し「はい」と答えることが出来た。
「現場監督が任であるはずの貴様が、政府塔に出入りしていた、それも間違いは無いな」
「は、…それに関しましては」
「貴様の意見など誰も聞いてはおらん。では、認めるのだな」
何を認めるというのだ。そもそも何を示して言うのかカーツは知らされてもいなければ理解すらしていない、それを認めろという。こんな、馬鹿な話が在るか。
「貴様らが再三予算を請求していることはここにある通りである。総統閣下も貴様が提出した図案にはいたく感心され、請求道理の予算を下されたはずだ。が、依然として貴様らはまともな新型の開発一つなしえていない。これは、どういう事なのだ」
「それは…一体、どういうことですか?」
思わず口走ってしまいしまった、と思った。が、この男の言葉の意味が理解出来なかったのは事実だ。予算が下った?一体、何時の話だ。そもそも総統閣下の元まであの図案が提出されていたという話も、寝耳に水である。まだ漸く試作品を一つ完成させた段階であるという報告はした筈だが、それすらも報告されてはいないということか?そもそもリジャールはなんと言った?あの書面に記載された数字は一体何だったのだ?疑問が、次から次へと一気に吹き出て脳裏で渦を巻き、カーツは絶句していた。
法務大尉はもう一度目を剥き、書面とカーツを交互に何度も眺める。足元が神経質そうに小刻みに刻まれていた。
「リジャール技術中将殿は確かに予算を受け取られた。が、貴様ときたらそれらを受け取ったにも関わらず、一向に総統閣下のご期待に応える素振りすら見せぬ。調べてみれば貴様の名があった。煇術兵器開発の責任者、新型狙撃銃の開発責任者はカーツ・ベッセル少尉である」
言葉に顔面を殴打された、とカーツは思った。間違いは無い。煇術兵器の、狙撃銃の開発は確かにカーツの名の下に行われていることである。だから、試作品ではなく実戦投入のための開発資金を採算要求していたのも事実だ。が、その予算を受け取った記憶はカーツにはなく、無論書類もない。そしてあの試作品は何処へ消えたというのだ。確かに、リジャールには渡した。あれは、提出したはずではなかったのか。朝のあの目覚めの悪さは、全てこれを物語っていたというのか。
思考は、混乱した。だが、波うちのたうつようなその思考の渦の中、ひとつだけはっきりとしていたことがある。
自分は嵌められたのだ。恐らくは、あのいけ好かない中佐のために。
作品名:夢轍 [2] 変革、廻り出す音、雨と奈落3 作家名:ひの