流れ星
夜空を横切って白く流れる星に、りんが声をあげた。すぐさま、目をつむり、両手を合わせる。
(殺生丸さまとずっと一緒にいられますように!)
「りん。何をしている?」
阿吽にりんを乗せて、その横を歩いていた殺生丸が尋ねる。
「はい、今流れ星が流れたから、願いをかけていたんです。人の世界では流れ星に願うと、その願いがかなうって言い伝えがあるんです」
「何をくだらんことをいうとるんじゃ、りん。流れ星なんぞ、毎晩、くさるほど流れておるぞ。そんなものに願をかけるだけで物事がかなうはずが・・・」
邪見のもっともらしい意見は、途中で殺生丸にけられてそのままになった。
「あ~れ~殺生丸さま~~」
邪見は遠い空に跳ばされて見えなくなってしまった。
「邪見さまが・・・」
「放っておけ。そのうち戻ってくる」
「そうですか・・・」
「りん・・・」
「はい?」
「何を願ったのだ?流れ星に」
「はい・・・あの・・・」
「なんだ?」
「あの・・・殺生丸様とずっと一緒にいられますようにって」
「・・・」
殺生丸は返事をしないまま、阿吽の横を歩いていた。
りんは、殺生丸の表情のない横顔を見て、殺生丸が無言なのは、りんの願いがかなえられることはないと思っているからなのかな、と、少し悲しくなった。
(一緒にいたいって願っているのはりんだけなんだな・・・今だって、りんが一緒にいたいってついていくから、一緒に旅しているだけで・・・本当は殺生丸様、りんが足手まといって思っているのかも・・・)
りんはせっかく流れ星にたくした自分の願いが、早くも破れていくような気がして、うつむいてしまった。
そのまま、殺生丸と、阿吽に乗ったりんは無言のまま、進んでいた。
「りん」
「は、はい?」
「流れ星に願をかける必要なぞない」
「え?」
「星などにお前が願をかける必要なぞない、と言ったのだ」
「殺生丸さま・・・」
「私に願えばよい」
「え?」
「お前の願いならば、この殺生丸にいえばよい」
「殺生丸さま・・・」
「命を失って空を落ちていく星なぞにお前の願をたくす必要なぞない。お前が望むことならば、私に言え。この殺生丸に不可能なことなぞない」
「殺生丸さま・・・ありがとう!」
りんは心がとても温かくなって、満面の笑顔になった。
「でも、殺生丸さま、りんの願いは一つだけだよ。さっき言ったとおり・・・ずっと殺生丸さまと一緒にいたい。それだけなの」
「では、そう私に願えばよい」
「ほんと?お願いしてもいいの?」
「それが、お前の望みならば。りん、お前の願いをかなえなかったことがあるか?この私が」
「殺生丸さま!うれしい!ありがとう!」
殺生丸はふと立ち止まってりんの顔を見た。
「りん。お前は人だ。妖怪と違って、人の心持ちは時間とともに常に変わっていくものだと聞く。それが限られた時間を生きる人間が、苦しみや悲しみを忘れるために必要なのだと聞いている。だから、お前の願いも、明日には変わるかもしれぬ。今のお前の願いはそれでも、十日後、一年後、十年後、同じとは限らぬ。人とはそういうものだ。妖怪とは心の造り様が違う」
「そんな、殺生丸さま!りんの願いは変わりません!ずっと、ずっと、いつまでも殺生丸様と一緒にいたいって、それだけ・・・」
反論するりんの頭に殺生丸はやさしく手を置いた。
「よいのだ、りん。変わってもよいのだ。変わっても、お前がそれを願うなら、私はかなえてやる。お前がそれを望むならば、何であれ、私にそういえばよい」
「殺生丸さま・・・りんの願いは変わりません。一生、変わりません」
「そう、今のお前は思ってる。それでよいではないか。本当にお前の願いが変わらないのならば・・・それでもよい」
「ほんとう?」
「その願いならば、かなえるのは造作もない。今と変わらないということだからな」
「うんっ!今と変わらなければいいの!こうして殺生丸さまと一緒に旅して。阿吽と邪見さまも一緒に・・・って、あ!邪見さま、どこまで跳ばされちゃったんだろう」
邪見のことを心配しているりんを横目にみながら、殺生丸は再び歩き始めた。
りん。今と変わらぬことなぞ、ありえないのだぞ。
お前は歳をとり、その姿を変えていく。お前の望むものも、願うものも、変わっていくことだろう。人とはそういうものだ。妖怪と違う。妖怪は、一つのものを、一つのことを、いつまでも忘れない。いつまでも固執する。それが無限に近い長い時間を生きる妖怪というものだ。お前の願いは今は私と共にいることでも、一年後のお前の願いは違うかもしれないのだ。
しかし・・・。それでもよい。りん。お前が願うことならば、かなえてやろう。たとえ、それが私のもとを去ることになることであっても。私はお前が願うことならば、かなえてやる。お前が望むことは、すべてかなえてやる。
殺生丸はりんと共に、満点の星空の下を歩いていった。