百雪姫
「鏡よ、鏡。世界中で一番美しい女性は誰だい?」
「それは、東の森にすむ百雪姫です」
「何だって!? 私じゃないのかい?」
「それは昨日までのこと。ランキングは日々刻々変わるのです」
「キィーーーッ! くやしいっ! そうだ! 百雪姫を殺してしまおう。そうすれば、また、私が一番! 私って、あったまいーっ。そうと決まれば……っと、自分で殺しに行くのはかったるいわね」
そこに通りかかったのが、いつも間の悪い下っ端魔女。
「おっ、ナーイスタイミング! ちょうど良いところへ来たわね」
どうやら自分が、また、何か、最悪なタイミングで通りかかったことは、本能と経験から理解した下っ端魔女でした。
「百雪姫を殺してきなさい」
「どうやって?」
「んなもなぁ、毒リンゴに決まってんでしょうが!」
「なんで?」
「タイトルと話の流れから言ったら、それしかないでしょうが! 頭の悪い魔女と話すと疲れるわ」
「あ、あの、……。私、毒リンゴの作り方が分からないんですけど……」
「ググれ。……以上」
「……分かりました」
下っ端魔女は、ぶつくさ言いながら、老婆に変装して歩いて行きました。
「あーあ、私、魔法の腕前も悪いからなぁ。結局、魔法で毒リンゴ、作れなかったよ。市販の毒薬を注射器で注入したけど、ばれないかなぁ? 注射針の穴、目立たないかな?」
やがて、下っ端魔女は百雪姫が7百人の小人と暮らす、東の森の家へ着きました。
「コンコン、こんにちは。リンゴの訪問販売です」
いきなり客に警戒心を抱かせました。要領も悪い下っ端魔女です。
「あのぅ、そういうのは、断るように、573番の小人に言われています」
名前で呼んであげようよ。
「ただ今、キャンペーン期間中でして、本来、1個1億円する超高級リンゴを、今だけ、何とたったの1個5円で、ご提供させて頂いております」
こんな話に引っかかると本気で思っている頭も悪い下っ端魔女……。
「買った!」
……。こいつも、バカだったか。
リンゴを渡し、お金を受け取って、突然、不安になる下っ端魔女。
(百雪姫がリンゴを食べるところを見届けないとまずいんじゃないかな?)
家の中に引っ込もうとする百雪姫に下っ端魔女は言いました。
「あ、あのぅ、そのリンゴ、今、すぐ食べませんか?」
「どうしてですか?」とか聞かれたらどうしよう。と、思っていたのだが、意外にも、百雪姫は、にっこり微笑むと、
「そうですね。ちょっと待ってて下さい」
と言って、家の中に入って行った。
そして、割とすぐに戻ってきた彼女が持ってきたのは、お皿の上に載ったきれいに皮をむかれて8等分されたリンゴであった。
「せっかくですから、お婆さんも食べて行って下さいな」
「えっ!」
思わず声が裏返る下っ端魔女。
「1人で食べるより2人で食べるほうがおいしいですよ。さ、食べましょう」
「う、売り物に手を出すわけには……」
「これは、もう、私が買ったから私のものですよ。さ、さ、召し上がれ」
普通なら、ここで、要領良く切り抜けるのだろうが、要領の悪い下っ端魔女さん、(ここで食べないと、毒が入っていることがばれる)などという考えに取りつかれ始める。さらに、(この場は逃げて、後で出直す)という発想も出ずに、(なんとか、毒リンゴを食べさせる)という考えが捨てきれない。
(いや、待って。注入した毒は、あまりしみこんではいないだろうから、注入した辺りに留まっているハズ。ということは、おそらく、毒が入っているのは、あの8切れのうち1切れか、運が悪くて、2切れといったところ。上手く毒の入っていないのを選んで食べれば勝機はある)
「さ、どうぞ」
百雪姫が皿を差し出す。
下っ端魔女が手を伸ばす。
下っ端魔女の鼓動が早鐘のように早くなる。
下っ端魔女の全身を脂汗が滝のように流れる。
目が……かすむ。全ての音が……遠くで聞こえるようで。
(まてまてまてまてまてっ、何、食べようとしてるんだ私。こんなの食べることないって)
「あ、あいた……、あいた、あいた、た、た、た……」
下っ端魔女は、突然おなかを押さえてうずくまりました。
「ど、どうしました?」
百雪姫が心配そうに顔を覗き込みます。
「と、突然、キルミティア病になってしまいました。あいた、あいた、た、た、た」
「まぁ、キルミティア病ですって? 早く特効薬を飲まないと死んでしまいます」
「……え? ご存じなんですか? キルミティア病(適当に言ったのに)」
「ええ。直す方法は一つしかありません。皮をむいたばかりの8つに切ったリンゴを1個分丸呑みにするしかありません」
「ええっ!?」
「あなたは運が良い。ちょうどここにそれがあります。さあ、口を開けて!」
「いや、ちょっと」
「命にかかわることなので、無理やりやります」
こうして下っ端魔女は、亡くなりました。死因は不明です。毒によるものか、窒息によるものか、はたまた、無理やり突っ込んだリンゴが食道や胃を傷つけたのか。
ただ言えるのは、彼女が非常に運の悪い魔法使いだったということでしょう。