アンドロイド・レメディ
その1
「そういえば、虎徹さんから預かっていたものがありました」
「?」
そうバーナビーから封筒を差し出されたのは、定期メンテナンスを終えてウサが動作確認をしていた時だった。ヒーロー時に正義の壊し屋と言われる虎徹らしかぬ几帳面な字で、宛名が書かれている。虎徹に字の練習も兼ねた手紙を出したのはひと月程前だったが、返事はいらないと書いたから、返って来るとは全く予測していなかった。
「いらないって言ったのに…」
簡易ベッドの端に腰かけたまま受け取った封筒をまじまじ見つめていると、傍からちくちくと視線を感じたがウサは気にしない事にする。この手紙は虎徹が、ウサに送ってくれた物なのだから。文面は実にあっさりとしていたが、虎徹が返事をくれたと言う事実が嬉しい。虎徹を好きな感情は“割り切る”事は出来たが、ウサの中から“消去”出来た訳ではないのだ。
手紙を大事にジャケットの内ポケットに仕舞いこんでから、ふと、同じ境遇になるであろうもう一体のアンドロイドを思い返す。やけに真面目に性格付けされていたから、感情を持て余すのは確定的だ。様子はどうなのだろう、と尋ねようとして振り返ったバーナビーはウサを睨むのを止めていて、慌しくデスク周りの片付けに取りかかっていた。時間を確認すれば、定時まで10分を切っている。常にオーバーワーク気味のバーナビーにしては珍しい事で、ウサはこれまでのバーナビーの行動パターンをラボのデータベースから検索すると、一つの仮説に辿り着いた。
「マスター、今夜は虎徹とデートか?」
「ど、どどどうしてそれを!」
言い当てられたバーナビーは、棚に戻そうとしていた分厚いファイルを落とした。平素からスタイリッシュな動きを見せるバーナビーとは打って変わって、そのどんくさいその反応から、仮説はどうやら正解だったらしい。
「マスターの行動パターン統計からの推測だ」
「くっ…性能がいいのも困りものですね」
そう悔しそうにバーナビー唸るのを聞いて、自分たちでそう作ったくせにと思考するだけにしてウサはひらひらと手を振る。思っても口にしない、本年と建前と言うのも学習したのだ。
「別に付いて行ったりしない」
「あたりまえです!」
勢いでバーナビーは拾い上げたファイルを棚に戻すと、鍵を掛けて部屋の時計を見上げた。
「事務所に鍵を返して…よし、完璧だ」
脳内シミュレーションを終えたらしいバーナビーは白衣をハンガーに掛けると、ここの戸締りは頼みましたよと言い置いて部屋を颯爽と出て行ってしまった。定時までまだ5分はあるが、この部屋から出入り口までは遠いのだ。
「……結局、聞きそびれた」
慌しく去ったバーナビーを見送ってから、ウサはふむと腕を組む。これからの予定は入っていないから、後は宛がわれた部屋に戻るだけだである。けれど、どうしてかトラの事が気にかかって、ウサは外泊の申請をしていた。
作品名:アンドロイド・レメディ 作家名:くまつぐ