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NightmarE HowlinG

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「…っお前、間違ってるよ!」


ギィン、と反響する金属音に負けぬ激しさを持った言葉が、剣圧と共に叩きつけられる。


「、くっ…」

「なぁ、リオン…ッ」


鍔迫り合いにならぬように剣撃を下方へと受け流し、脇を擦り抜けざまに左手の短剣を振り抜いた。
切っ先が掠めた脇腹から少し遅れて散った鮮やかな赤色が、今しがた負わせた傷が決して浅いものではなかったのだと知らせてくる。


「ッ…、お前、間違ってる、よ…っ!」


痛みに息を詰めながらも再び繰り返された言葉に、リオンはぎり、と奥歯を噛み締めた。
…わかっている。
そんなこと、わかっている。
スタンが言おうとせんとしていることも。
自分が如何にして、“間違って”いるのか、も。
わかって、いる。
わかっている、けれど。


「…黙、れ…っ、」


わかっていても、わかっているからこそ。
もう、戻れないことも、わかっていた。


「…貴様等に…何が、わかる…っ」


リオンも、スタンも、先程強烈な一撃を見舞われて倒れ伏しているルーティ達も、皆ボロボロだ。
もうボロボロな筈のに、スタンは決して倒れない。
馬鹿で能天気で図々しい奴のクセに、こんな時だけその眼差しは痛いくらいに真剣で。
その強い瞳に射抜かれて、何故だかリオンは泣きたくなった。
何度生まれ変わっても必ず同じ道を選ぶ、と、先刻宣言したばかりの言葉さえ揺らぎそうになる。
それを見抜かれまいと、リオンは二対の剣の柄を握る手に更に力を込めた。


「…ここは、通さん…!」

「リオン…ッ」


もはや悲痛にも聞こえるスタンの声へは、シャルティエの切っ先を向けることで応える。


「どうしても邪魔立てするというのなら…死ね、スタン!」

「、ち…くしょぉぉぉぉぉッ!!」


スタンとほぼ同時に踏み込んだ瞬間、リオンの脳裏に何かが飛び込んできた。
肉を抉る感触。
ゆっくりと崩れ落ちる金色。
じわじわと広がる鮮やかな、赤。
モノクロの世界の中で、その二つの色だけが鮮烈に網膜に焼き付く。
やがて輝くような金色も、血の海に呑まれて赤く染まっていく。


(…ああ、)


それはほんの一瞬であった。
コンマ一秒以下の短い走馬灯。
だがリオンに“それ”を気づかせるには、十分だった。


(…僕、は…)


装甲の薄い腹部を狙い澄まして突き出されたシャルティエを握る手の力が、抜ける。


(…僕、には)


スタンを、殺せない。


「…ッ!!」


息を詰めたのは誰だろうか。
スタンか、ルーティ達の誰かか、それとも僕か。
わからないけれど、わかるのは、腹が焼けるように熱いということ。


「リ、オン…?」


暑苦しい顔をしていた馬鹿がいつもの馬鹿面に戻っている。
それが滑稽で、笑おうとしたら喉の奥から鉄錆の味が込み上げてきた。


「う…げ、ほ…っ」


ごぷり、登ってきた血を吐き出し、リオンは自らの腹を突き破った剣を両手で掴み、そのままずるりと自分だけの力で身体から引き抜いた。
ぼたぼたと鮮血が落ちる。
スタンは目を見開いたまま、わなわなと震えていた。
戦いなんて詰まる所殺し合いなわけで、なのに今更になってそんな顔を曝すなんて、本当に馬鹿な奴だ。
リオンは崩折れるように膝をつき、地にシャルティエを突き立てて身体を支える。


「…る…ルーティ、ルーティ! リオン、リオンの、傷、治し…ルーティ…っ」


漸く我に返ったのか、スタンが悲鳴のような声で喚き立てる。
その叫びに弾かれたように飛び込んできたルーティに、しかしリオンは虫を払うような手つきで彼女を押しやった。


「騒ぐな、馬鹿が。このくらい、自分で、治せる」


地に刺さったシャルティエを握り締め、リオンは呼吸を整える。


「…お前は、あっちの馬鹿でも、看てやれ…」


気が抜けたようにがくりと崩れ落ちるスタンの息は荒く、幾重にも切り裂かれた肌からは血が止まることなく流れ出ていた。
ルーティがスタンに駆け寄って掌を翳すと、淡い光がスタンの身体を包み込んでいく。
シャルティエから流れ込んでくる同じような光で自身を包み、リオンは一つ、深い溜息を吐いた。


(…これで、いい)


これで、いいんだ。


「…リオン、今からでも遅くない。俺達と一緒に行こう」


リオンが仲間たちに与えた傷を全て癒した後には、流石にルーティも疲れたような顔をしていた。


「まずは仲直りの握手だ!」


スタン、お前いう奴は。
つくづく甘くて、お人好しで、能天気で図々しくて馴々しくて。
本当に、本物の馬鹿だ。
…だから。


「僕はお前達と一緒には行けない」


僕がレバーを引く。
僕がリフトを動かす。
だから、スタン。


「…僕は、スタン。お前のように能天気で図々しくて馴れ馴れしい奴が…、大嫌いだ」


だから。


「後は…任せた」


お前は、生きろ。
一瞬の躊躇いをも許すことなく、レバーを引く。
がらがらと音を立て、リフトが動き出した。
ああ、スタンが呼んでいる。
馬鹿みたいな大声で、馬鹿みたいに泣きそうに。
本当に、馬鹿な奴だ。


「…シャル…僕は、変な顔を、していなかった、か、な…」


レバーの台座を背に、ずるりと座り込むリオンの腹部からは、おびただしい量の血液が溢れだしている。
満身創痍のリオンの治癒術などで癒せるほど、スタンから受けた傷は浅くはなかった。
わかっていた。
こうなることは、最初から、わかっていたんだ。
だから、悔いはない。


『大丈夫ですよ、坊っちゃん。とても…素敵なお顔をされて、おりました』


シャルティエの言葉に、そうか、と短く返してリオンは笑った。
穏やかな、柔らかな笑顔だった。
浸食してくる水はどんどんと勢いを増し、もはや座り込んだリオンは腰の辺りまで水に浸かってしまっていた。
水に触れ、出血は更に酷くなる。
止まらない血が止まる時が、この心臓が停止した時なのだろう。


「…これで…良かったんだろ…マリアン…」


リオンはそろりと、水を染め上げ続ける傷口に手を這わせた。
水はこんなに冷たいというのに、傷口は脈打つ度に熱を産む。
だからだろうか、寒さはあまり感じない。
死への恐怖すら、感じなかった。


「…スタ、ン…」


朦朧とした意識の中で、無意識に呟いた名前。


「…あ…り…が…とう…」


そう呟いた直後、ふわふわと白濁とした視界が、完全な闇へと、暗転した。





作品名:NightmarE HowlinG 作家名:狗原綾菟