戦いの後
『・・・・・・』
部屋にはベッドが3つ並んでいる。その3つともが埋まっている。もちろん3人の人間によって。
扉の近くから順に、リカルド、ウォルター、シルヴィオ。
大の男3人が黙ってベッドに仰向けになっている。
照明はわずかなスタンドの灯りを残して落とされていて、3人は穏やかなオレンジの光に包まれている。
眠りにつけるようにという配慮だ。
時刻は夜。
当然眠るものだが、3人はカッと目を見開いたまま、かといって身動ぎもせず、黙って天井を見つめている。
灯りのように穏やかな空気ではない。
「あー……」
重たい沈黙をウォルターが破った。
「第1回、この中で誰が一番モテるか大会ーっ!!」
「……」
「……」
リカルドもシルヴィオもピクリともしない。
やけのような明るい大声を出したウォルターも表情を消して黙り込む。
最初の沈黙に戻った。
……やがて、リカルドがハァとため息を吐き、チッと舌打ちする。
「……ラウ姉のヤツ、怪我した野郎どもはひとつの部屋に転がしておけなんて……!!」
イライラとして吐き出し、脳裏に姉の顔を思い浮かべて、天井を険しくにらみつける。
「なんで俺がこんなヤツらとっ……」
「……こちらはなんでこんな場所でと言いたいですね」
静かに出されたシルヴィオの言葉にリカルドはキッと横を向く。
すぐ目に入るのは横に寝ているウォルターなので、ウォルターがその形相にビクッとする。
まったく気にせずシルヴィオは続ける。
「いくら怪我をしているからといって、よりにもよってマフィアの邸宅でベッドを借りるなどと……」
「ああ? こっちもてめぇらみたいな政府のカラスに寝床を貸すなんてなご免なんだよ、本当は。文句があるならとっとと出て行け」
一気に険悪になる空気に、間に挟まれたウォルターが顔を引きつらせながら、『まぁまぁ』と言う。
「仕方ねぇだろ、シルヴィオ。俺だって嫌だけど、どのみちこのアレタムはカッチーニの縄張りなんだ。どこの宿とっても同じだろ。この状態もまぁ、仕方がないとして、唯一の問題は……」
ウォルターはいったん言葉を切って、思い切り大声を出した。
「何故アンディがここにいないかだ!!」
ドンと寝たまま拳を勢いよくベッドに叩きつけて言う。
だが、リカルドとシルヴィオの反応はなし。
それでもウォルターはわめく。
「何アイツ!! なんでいないの!? なんでひとり別部屋!? 野郎どもに含まれなかったのか? 女に間違われたのか!? ってか大丈夫なのかよっ……」
「大丈夫ですよ、静かになさい、ウォルター。アンディは私たちより怪我の具合が酷いんです。それに、警戒されているんですよ。以前のことは私も聞いています。見張りの数も多いようですが、コニーもついていますしね」
何かあった際にはコニーが見張り全員眠らせて連れ出すことができる。
目を見開いて口をぽっかり開け、シルヴィオの方を見て何か言いかけたウォルターは、リカルドが聞いていることに気付いて黙った。
リカルドはコニーが少し治療ができるくらいのことしか知らない。
「あのチビか……」
リカルドが大きな手のひらを顔に当てて表情を隠して言う。
「今は見逃してやるけどな……」
ひどくいまいましげだ。
カラスふたりの視線がリカルドに向けられる。
だが、そんなふたりも、扉の向こうで見張られている。
タイムとクレソンのふたりに。
ちなみにメーラは男の就寝ということで外された。
アンディの方の見張りのひとりに回されている。
傍にいれば負傷して今は動きにくいリカルドが襲われかねない(冗談)。
「……じゃあ、というわけで、だ」
とても寝られる雰囲気ではない。
だが、男3人が並んでぼけーっと天井を眺めているというのも間の抜けた図だ。
っていうかウォルターにはこの沈黙がたまらない。
この、それぞれ思うところはあるものの、何も言いだせない故の奇妙な、気持ちの悪い沈黙が。
「やるか? モテるかどうか。誰が一番か決めるか?」
振り向いたリカルドがハッと笑う。
「ガキだな、おまえ」
そちらを振り向いて、『!?』と顔をしかめるウォルター。
振り向いたシルヴィオも真顔で言う。
「まだまだこどもですね、2番目」
バッとそちらを振り向いて、『!?』と今度は驚いた顔をして、どちらでもない天井にウォルターは憮然とした顔を向ける。
「……」
ふてくされた。
ニヤリとしてリカルドが言う。
「ここは誰が強いかだろ」
「!?」
バッとまたリカルドを見るウォルター。
眼鏡を直しながら……仰向けなのでまだ眼鏡をかけている……シルヴィオが真剣に言う。
「どなたが一番強いかですね」
「!?」
バッとシルヴィオの方を見るウォルター。
最終的に天井を向いてひとりつぶやく。
「え……何このふたり……何この流れ……」
リカルドとシルヴィオは同時に言った。
「「当然」」
「……」
「俺だがな」
「私ですが」
「……」
『ええ……?』と右に左に目をやってオロオロとするウォルター。
「俺だ」
「私です」
「ただの怪力だろ」
「あなたこそ図体がデカいだけでは?」
「言ってくれるじゃねぇか」
「そちらこそ、言うだけならなんでも言えますからね」
「ああ? ここをどこだと思ってやがる」
「縄張り内で威張るものではありません、本当に強いならば」
「てめぇっ……」
ウォルターはたまらず声を上げる。
「あーっ、あーっ、あーっ!!」
……でも、自分が一番強いなどと言う気はない。
っていうか、何この話題。
モテるかどうかの方が面白いんじゃねぇの?
……な、内心。
ガチャッと扉が開き、武器を手にしたタイムとクレソンが覗き込む。
3人の男はいっせいに黙った。
異常なしと見てまたパタンと扉が閉まる。
『・・・・・・』
またシーンとする室内。
このまま寝てくれとウォルターは祈った。
だが、その祈り空しく、シルヴィオが沈黙を破る。
「……そういえば、ウォルター、あなた……私と一緒に戦いましたよね」
次いでリカルドも口を開く。
「そういや……俺とも一緒に戦ったよな」
ウォルターの顔が笑みの形に強張る。
「!?」
何この展開。
……な、内心。
もしかして、これから来るのは、もしかして。
「私の方が強いでしょう」
「俺の方が強いよなぁ?」
「やめろおぉぉぉーっ!!」
ついにギブアップだ。
「どうでもいいだろ、そんなこと!! ってか、誰がガキだよ、アンタら!! いい加減にしろ!!」
ビシッとシルヴィオを指差す。
「シルヴィオ! 強いことはじゅうぶん知ってるから!! ってか、ハッキリ言って化け物なみじゃん、仲間内でも!!」
「指を差さないでください」
シルヴィオが嫌そうな顔をする。
ウォルターは今度はリカルドの方を向いてビシッと指を差す。
「リカルド! アンタとは一夜限りの関係だったはずだ!!」
「指差すな」
リカルドが嫌そうな顔をする。
ギョッとしてふたりの方を見るシルヴィオ。
「ウォルター、あなたはまさか……!!」