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わたがし

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「最近、何か変やねん」
 電話口で話す従兄弟の声は、思い詰めたように深刻だった。
 だが侑士は手許の雑誌をぺろりと捲りながら、なおざりな返事をする。
「はあ」
「前はふつーやってん。なのに、今は何か違うねん」
「ふうん」
「せやから俺もふつーにできひんくなってしもて、何かおかしいねん」
「へえ」
 そこまできて、さすがに従兄弟も憤慨して声を荒らげた。
「ちょお、人が真剣に相談しとるのに、さっきから気のない返事ばっかりしよって! ちゃんと聞いとんのか!?」
「せやかて、何の話しとるかわかれへんねんもん。自分の言うとる何かって何やねん」
 面倒くさいから訊かずにいたことを、仕方なく問い質す。
 すると従兄弟は、今さら慌てたように、ごもごもと口ごもってしまった。
 本当に相談する気があるのか、と呆れてため息がこぼれる。
「……その、声、が」
「は? 声?」
 普段の彼らしくもない、歯切れの悪さに、侑士は眉根を寄せる。
 すると電話口から、弱弱しい声が、それでも先ほどよりははっきり聞こえてきた。
「白石が俺を呼ぶ声が、綿菓子みたいやねん」
 何を言われたのか意味がわからず、電話を持ったまま数秒動きが止まる。
 綿菓子って、縁日で売ってる、白やピンクのふわふわしたアレか。
「自分、何言うてんの……?」
「ふわってしとって、でも触ると少しひっつくような、やたら甘ったるい感じが、綿菓子やねん」
 何となく、言わんとすることがわかってきた気がする。
 白石とはまともに言葉を交わしたことこそないが、顔は知っている。
 あのキレイな顔が、綿菓子みたいな声で、この従兄弟の名前を呼ぶ。
 途中まで想像してみて、侑士はやや微妙な心持ちになる。
「それ、相手には言うてみたん?」
「いっ、言えるわけあるか、こない恥ずかしいこと!!」
 なるほど、恥ずかしいことを言っているという自覚はあるわけか。
 そこで侑士は少し気持ちを立て直し、きっと真っ赤になって電話を握りしめているであろう従兄弟に、助言をしてみることにした。
「もしかしたら、自分もそうなんちゃう?」
「え?」
「謙也が白石を呼ぶ声も、そう聞こえとるんやったら、どないする?」
「ええっ!? ど、どないするて……、困るわそんなん!」
「そうなん?」
「やって、そんなん、まるで――――」
 そこで、電話口の声がピタリと止まる。
 彼はとっさに続く言葉を飲み込んだけれど、侑士の耳には届いていた。
「今言いかけてやめた台詞、白石に言うまで俺に電話かけてきたらあかんで。ええな」
「なっ」
「俺、明日早いからもう寝るわ。ほなおやすみ」
 慌てて何かを喚き出す気配を感じて、プチ、と侑士は素早く通話を終了する。
 そして深々とため息を吐いたあと、西の方角に向かって不甲斐ない従兄弟の健闘を祈ってやりつつ、電源を切った携帯をベッドの枕元へ放り投げた。 
作品名:わたがし 作家名:あらた