もしも
「夕飯は?」
「出先で適当に済ませる」
「夜食分のお弁当作ろうか?」
「荷物になるし、いい」
「そお? でも、うーちゃん外食続くと具合悪くなるじゃん」
「……子どもじゃないんだ。自己管理くらいできる」
「消化の良さそうなスープ作っとくよ。温めて食べられるように」
「人の話を聞け。……俺が帰るまで起きて待ってるつもりじゃないだろうな?」
「えー? ちゃんと明日のお仕事に支障の出ない時間には寝ますよー」
「お前がそういう顔で物を言うときは、まるで当てにならん」
「えへへ~」
「―――待ってるつもりなら、撮り貯めたアニメなど消化していないで、一枚でも多く白紙を埋めておくことだな」
「うえっ! うーちゃんの鬼!」
「じゃあな。俺はもう行く」
「はーい、いってらっしゃーい。気をつけてね!」
一連の会話を隣のテーブルで黙って聞いていた長月は、そこでようやく顔を上げる。
席を立った卯月が、ごちそうさま、と律儀に言って渡してきた小銭を受け取ると、にっこりと微笑んで見送った。
そして、彼の背中が暖簾の向こうに消えるのを見届けながら、食後の紅茶を飲んでいる片割れに声をかける。
「皐月くんはさあ」
「はい?」
「もし、彼が自分から離れていったらどうなると思う?」
「うーちゃんが、俺から?」
きょとんとして眼を丸くした皐月だったが、やがて何がおかしいのか、ケラケラと笑いだした。
「あー、どうかな……。でも、ありえない気がする」
「どうして?」
「だって、俺、離してあげられないもん」
冗談を口にしたと言うには、あまりにいつも通りの笑顔と、さらりとした口調。
彼にとっては、それがごくごく当たり前の事実なのだろう。
今さらと言えば今さらだが、改めて言葉にされると、傍観者の長月まで、なるほど確かにそうだろうなあ、と妙に納得してしまうのが不思議だった。
どんな風に形を変えたとしても、絶えることなく続いていくもの。
その行く末を、少なくとも皐月は疑っていないようだ。
「重いなあ」
「知ってる」
お互いに顔を見合わせて、ふふ、と軽やかに笑う。
もしも卯月がこの場にいたら、きっと苦虫を噛み潰したような顔になるに違いない、と長月は頭の片隅で思い浮かべ、飲みかけのコーヒーを口にした。