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食堂で

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ぱたり、と目があった。あちらはその様子からするに昼食の席を探しているようで、そしてここの隣は空いている。だから目が合ったんだろうとは思ったものの、それは一瞬だった。ふいと逸らされた視線は明らかに意図的で、思わず眉が跳ね上がる。
「なんなんだよ!」
はからず、眉だけではなく声も上がっていたらしい。雑踏の中でも彼はそれに気づいたようで、ゆるく振り返ると食事を携えてやってくる。
「嫌われているかと思ったんだが……」
「無言で避けられる方がよっぽど感じ悪いって」
軽い音を立て椅子を引いたヘルムートに、バジルはちらりと目線を送ってからまた食事に向かい直したものの、しばらくしてふと手を止める。
「そういえば」
口にまだ物が残っているのか、ややくぐもった声音で喋り出したバジルに、ヘルムートは軽く視線をだけ向けた。
「俺、クールークの奴らはどっちか言うと嫌いなんだけど、」
そこで言葉を切り、逡巡するバジルの言葉にヘルムートは何も返さなかった。けど、と続いている言葉には先があるからだ。黙って先を促すヘルムートに、バジルは面白くなさそうに呟いた。
「あんたは嫌いじゃない。助けてもらったことあるし。礼とか言ってなかったし!覚えてないだろうけどさ」
「……覚えているよ」
くす、と小さな含み笑いが隣から漏れたのを聞き漏らさず、バジルは天井を見上げていた目線を思わず横へずらした。見れば、隣で食事をしていたヘルムートはいつの間にか食器を置き、バジルの方へと軽く向き直っている。
「助けたというほどのことはないが、こちらの兵相手に賭けゴマで難癖つけられていた時だろう?」
「なんで覚えてるんだよ」
唇を尖らせるバジルに、ヘルムートは肩を竦めて見せたそれからバジルの手元を指さすと、冷めてしまう、と止まっていた食事を促す。
自分も食器を持ち直したヘルムートへ横目で視線を遣りながら、バジルは食事を再開した。なので、さきほどの会話がまだ続くとは思っていなかった。
「私はその前に、バジル君と会っていたから……かな」
思わず、バジルが動きを止める。
「君は覚えていないようだけど」
「いつだよ!?」
「休養日に街に出た時だったと思う。私服だったから覚えていないのも無理はないか。コマ勝負をさせてもらった。君は本当に器用で上手かったから、イカサマをする必要はないと思ったんだ」
うええー、と何かしら潰れたような声を出し、頭を抱えたバジルが机に突っ伏す。器用に食器を避けるのだなあ、と感心して、ヘルムートは残っているスープを口へと運んだ。
てっきり、気まずい無言の食事になるかと思われていたが、意外にバジルとの会話が弾んでいることにヘルムート自身驚いていて、そして、少しだけ高揚した気分になる。
この軍の人々は基本的に気の良い者が多いが、クールークからの降伏者であるヘルムートがもろ手を挙げて歓迎されているわけでもないのだ。特に、彼の──バジルのような、人々には。
それに、と人知れずヘルムートは困ったように眉尻を下げた。バジルは、もう一つ忘れているのだ。
手助けをした時の礼であれば、もうすでにもらっているのである。
それは彼の無意識だったのか、素直さの現れのようで、ころころと表情を変え今度は不審そうに見上げてくるバジルにヘルムートはかすかに笑みを向けた。
作品名:食堂で 作家名:ゆきおみ