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こうかいしている

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脳って、きっと本当はどろどろのぐちゃぐちゃで、形なんてないんじゃないかと思う。こんなにわけのわからない思いを生み出しているのは恐らく脳だ。抽象的な言葉で言うと心。佐久間は、心と脳はほぼイコールで結ばれていると思っていた。

彼は自分のことを知らない。

少しお節介が過ぎるような気もするけれど一応頼れる同級生のゴールキーパーや、わけわかんないけどとりあえず大切なチームメイトや、たまたま知り合った妙に鬱陶しい陸上部員や、その他諸々。そして大切な、尊敬する、している、元チームメイト。
そんなことならいくらでも知っている。しかし、今知りたいのはそんなことじゃない。
知りたいのは自分のことだ。
最近そこまで自分が尊敬している人への執着は薄れてきている気がする。ゴールキーパーやチームメイトとの関係は元に戻りつつあるし、あの陸上部員は相変わらず鬱陶しい。

まだ桜は咲きかけ。
「佐久間」
振り返ると源田がいた。別れの季節だ。
「源田」
見慣れた制服とも今日でさよなら。青い春に急かされて、ほのかに梅香る空気を少し吸った。
大丈夫、大丈夫。俺は寂しくなんてない。
「――おめでとう、佐久間」
「…ああ」
先なんて見えない。自分達はこれからどうするのだろう。わからない。ただ、きっと俺達はばらばらになってしまうだろう、ということだけは妙に現実的に感じていた。

「卒業おめでとう、源田」
本当は全速力で走って、別れてしまいたかった。しかし残った理性がそれをやめさせた。ああ、忌ま忌ましいこの頭。今更になって何をしているのだろうか。

(…この三年間、俺はずっと航海していたのかもしれない。)
遥かな高み、なんて言えば聞こえ良い。実際は果てのない海であり、底のない海であり、これからも延々と、気だるく続く生の中の一部というだけのはずなのに、それは永久とも思える広大さで彼の前に広がっていた。その前に立って立ち尽くした三年前の日はいつになっても忘れられない。指の先まで恐ろしさに震えているのに、胸中を占めていたのは不思議な事に歓喜だったのを今もあの日と寸分違わず思い出すことが出来る。
そしていつも隣には源田幸次郎という人間がいたことも。分かっている。分かっているのだ。だから、彼はそこから動く事ができなかったのだ。
(俺は源田の事が好きなのかもしれない)

昨日の夜考えたそんなくだらない事をふと思い出して佐久間は、今日髪切りに行こ、と口に出した。
俺は切らないぞ、と眉をひそめ言われ、知ってるよ、と答えて、彼は卒業証書を放り投げた。
作品名:こうかいしている 作家名:ろむせん