マドンナの恋
相手はもちろん黒崎四席だ。
彼女が一人のところを窺って、声をかけた。
四席はそんな事には慣れているのだろう。
初対面と言っていい自分に突然声をかけられても、何かほほえましいものでも見る様に、目元を和ませてきちんと正面を向いて顔をしっかり見返しながら相手をしてくれた。
四席からしたら自分は取るに足らない死神だ。
それに…黒崎四席に思い人がいることも知っている。
その相手も。
それでも黒崎四席は誠実に相手をしてくれた。
「ありがとう。でも、ごめんな?あんたの気持ちに応えられないんだ」
そう黒崎四席は眉を下げて申し訳なさそうな顔をしていった。
自分がやはり…と聞くと彼女は少し頬を赤らめて答えてくれた。
「え?あ、うん…。そう、重國様が好きなんだ」
もう、ずいぶんと彼女は山本総隊長を思っているという事になる。
やはりこの思いを打ち消すことはできなくて、あきらめることが出来なくて、その気持ちを総隊長は知っているのかと聞いた。
そんな質問に、いや、そんな質問をしてくる自分に少し驚いた顔をして、黒崎四席は聞き分けのない子供に言う様に目を細めて答えてくれた。
「重國様は俺の気持ちはご存じだ。」
その顔があまりにも穏やかで辛くはないのかと聞いてしまった。
今考えるとなんて失礼なことを聞いてしまったのかと思う。
そんな質問にも彼女は誠実に答えてくれた。
彼女は少し頭を傾けて視線を宙にむけた。
「んー、応えてくださらなくて辛くないって言ったら嘘になるけど…」
そこで言葉をきって、彼女はしっかりと自分の目を微笑みながら言った。
「俺はそんな事望んでないんだ。」
彼女を瞳はそれが本心であるとしか思えないものだった。
余りに綺麗で自分は何もいう事は出来なかった。
「そんなの俺の勝手な思いだろ?重國様がそんなことに応える義務なんてないし、あの方が細君を持つつもりがないこともしっているからな」
黒崎四席は視線を一番隊隊舎…一番隊の隊主室のある方に向けて穏やかに言う。
「だから、俺はあの方のために部下として少しでもお役にたてられるのであれば幸せなんだ。あの方が何より一等大切なのはこの世界だから」
でも、と黒崎四席は言葉をつづけた。
「なんて酷い方だとも思うんだ。
俺の気持ちを知っても傍においてくださる。そんな面倒なことお好きではないと知っていたから知られてしまった時はお側を去らなければと思っていんだけどな。
結局、そんな事にはならなかったんだけどな」
「ただ単に、公私混同なさっていないだけかもしれないけど…。いっその事、突き放してくだされば、あの方を諦められたかもしれないなんて思うこともある。でも…お側にいればいるほどそんなこと無理だと思い知らされるだけなんだ。応えくれなくてもいいといって、突き放さず傍においてくれていることに恨み言を言う・・・なんて浅はかで恩知らずなんだとおもうよ」
そう言う黒崎四席の瞳は普段はそうは見えないのにとても老成しているように見えた。
すっと黒崎四席は目を伏せる。
…いやんなるな、ほんと…でも、お側にいたいんだ。
やっぱり、離れるなんて無理なんだ。
今が当たり前でこの日常がなくなるなんて考えられない。
あの方に恋をしてどれだけ立ったのだろう。
炎のように丈狂うようなあの方を目にして怖い方であると思うと同時に、とても強く心を惹かれてしまった。
俺の心もあの方の斬魄刀で焼き尽くされてしまったようだ。
どうしても思いを寄せることをやめることはできなかった。
応えてくれなくても、お側に入れればいい。
たまに声をかけて気にかけてくださればいい。
ほんのたまに、気紛れでも優しくしてくだされば俺はどんなことだってできるんだ。
なんて浅はか、愚かな女なんだろう。
求めれくださればどんなことでも叶えて差し上げるのに。
この身が血に塗れ穢れようとあの方が求める世界のためならどんなことでもするのに。
もう、これは執着なのかもしれない。
捨てられない、ドロドロと醜く救いようのない愚かな想い…。
でも…でも、あの方を慕わずにはいられなかった。
黒崎四席はしばらく目を伏せていたが少しすると視線を上げてしっかり、自分の目を見ていった。
「本当にありがとう。気持ちは本当にうれしかった。でも、ごめんな。俺は重國様が好きなんだ、ずっと。」
この思いは変わらない。
その言葉とともに自分の恋は終わりを告げた。