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05:不確定要素

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人混みに飲まれながら、人にぶつからないよう意識して避けながら、彼は池袋の街に存在していた。肩には学校の鞄。片手にスーパーの袋をぶら下げて、ふらふらと歩いている。ヘタクソな歩き方だなあ。そんなことを思いながら、臨也は「奇遇だね」と、後ろからその肩を叩く。勢いよく振り返った帝人の目が、臨也を捉えて、ゆっくりと見開かれるのを見て、臨也は微笑んでみせた。この子は危うい。驚きと不安と、それからほんの少しの期待。それらが複雑に絡み合って目に浮かんでいる。この子どもにとって、自分は非日常の一要因なのだろう。非日常を貪欲に求める彼は、恐怖を抱かない。それを少しばかり羨ましく思う自分に気付いて、今の俺って、シズちゃんみたい、と内心でおどけてみせる。自分に恐怖が向けられないということを、喜ばしく思う。もっとも、それに不満を感じることこそが、臨也が臨也たる所以だった。物事は一義ではありえない。
「……どうも」
「今日は一人かい?」
「あ、はい、ちょっと買い物と思って……。えっと、臨也さんは……」
 帝人は言いづらそうにちらりと顔色を窺ってくる。ダッフルコートに身を包んだ帝人は、ひどくあたたかそうに見えた。それなのに、帝人は臨也を見て、身体を震わせる。まあ、そうだろうなあ。相手の言いたいことはわかっていたから、臨也はわざとらしく肩をすくめて見せた。もう暦の上では春で、そして実際に現実でも春が近づいているとはいえ、今日の気温はシャツ一枚で過ごすには寒すぎる。つまるところ、臨也はいつものコートを羽織っていなかった。その原因である相手を思い浮かべて、首の裏に手を当てた。苦々しい。
「仕事でこっちのほうに来てたら、シズちゃんに会っちゃってね」
「……はあ、」
 コートもそのとき駄目になっちゃって。まったく、ろくなことをしてくれない。
 思い出したら寒くなってきた。あの野郎。風が冷たくて、シャツの上から軽く腕を擦っていると、何かを思いだしたのか、帝人が鞄を漁り始めた。「ちょっと待ってくださいね」そう言いながらスーパーの袋を地面に置いた帝人の声は、せっぱ詰まっている。臨也は下を向いている帝人の旋毛に、それから足下に目をやりながら、気付かれないように溜息をついた。スーパー袋の中のニンジンだとか、卵だとかは一人暮らしの男子学生が自分で使う量にしては多すぎるように思えた。
「……これ、」
 言葉は最後まで続かなかった。鞄の隙間から無理矢理引っ張り出されたそれの片隅が帝人の手の上から滑り落ちる。されど、ビルのすきま風で、地面に落ちることなく浮き上がる。ああ、マフラーか。シンプルなチェックの柄を視界に捉えて、臨也は波を描くようにふわん、と浮き上がったそれを眺めた。「わわ、」慌てた帝人は、乱暴な手つきでマフラーを掴む。
「……なに?」
「あわわすいません! これ、よければ使ってください」
 臨也さん寒そうなので。申し訳なさそうな口調。そのわりに、手は問答無用で押しつけてきそうな強情さだ。なるほどそれは心惹かれる申し出だった。けれど、それだけだった。臨也は僅かに口元を歪ませる。そして、マフラーってきらいなんだよなあ、と一人ごちた。首に手を当てると、どくりどくりと血が流れる。この流れが誰かの手で止められる予測が容易に付いてしまうからこそ、息苦しくなるものは嫌いだった。そんな呟きが聞こえなかったらしく、聞き返してくる帝人に、表向きの笑顔で「なんでもないよ」と答えると、臨也は帝人の手からマフラーを受け取った。僅かに毛羽立った表面に、もったいないなあ、なんて思う。ロゴから見るに、折角有名なブランド物なのに、多分彼はこれの値段だとかそういうものを全く知らずに使っているんだろう、と。本当彼は、どこにでもいそうな子どもなのに。だからこそ人は、人間は、面白いのだけども。
 マフラーを受け取った臨也を見て、帝人はあからさまにほッとした表情を浮かべた。吐く息は白い。その白い息や、その安堵を、臨也はばかだなあ、と嘲笑する。
「残念なことに、俺あんまりマフラーって好きじゃないんだよね、」
 羽衣みたいに、ふわりと空気を孕ませて、そのまま臨也はマフラーを帝人の首の後ろにひっかけた。そのまま勢いよく締めてやろうか、とふと思う。そうしたならば、どのような反応を返すだろうか、と。けれど、そのあたたかな首筋に臨也の冷え切った指先が触れた途端に、「ひっ!?」と帝人が色気もない、子供じみた声をあげたから、一気にどうでもよくなった。勢いよく後ろへ一歩下がった帝人の足下で、ぐしゃ、と音がする。そのせいで、臨也の手からマフラーがするり、と抜ける。ぷは、と臨也が吹き出して、マフラーから手を離すと、マフラーは風に吹かれて、臨也と帝人からは少し離れたところに落ちた。臨也はその場で、爪先で音を立てる。
「ごめんごめん、それは今度会ったときに弁償するよ」
 帝人が「それ?」と首を傾げるのに、指で、足下を示してやる。
「……うわ、」
 足下で倒れてぐしゃぐしゃになったスーパー袋の中で、卵が割れて、いちごが潰されている。内臓みたい、なんて思いながら、臨也は帝人に背を向けて足を進めると、マフラーを拾い上げた。次に会うのはきっとすぐのことになるだろう、と根拠もなしに考える。さて、彼の手にあるものは宝の持ち腐れになるのだろうか。



不確定要素
臨也と帝人
作品名:05:不確定要素 作家名:きり