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ヨギ チハル
ヨギ チハル
novelistID. 26457
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Gateau aux Fraise

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リフレッシュルームはいつの時間に出入りしてもだいたい混み当っている。今日もちょうど座学の講義や訓練が終わり、夕食までの合間にカフェとして利用する者たちでごった返していた。
 キングとトレイもたまたまクリスタリウムで居合わせ、息抜きがてらリフレに来た。リフレに入って右手側、調理人が出入りするカウンターを背にした壁際の席に陣取る。テーブル席も、ボックス席もほとんど満員だ。
「えー、疲れた時に甘いものが欲しくなるのはちゃんとした理由があって、まず身体や脳を動かすためにブドウ糖が消費されます。その後は血液中の血糖が低下している状態ですから、身体はエネルギー源になるブドウ糖を欲するのです」
「ケーキ食いたいんだな……奢ってやるから好きなもの選んでいいぞ」
 トレイが何を言っているのかはよく分からなかったが、とにかく甘いものが食べたい事だけはわかった。自分も小腹が空いていた。注文するついでだ、トレイの分も奢ってやることにする。 
「えっ、本当ですか。たしか身体の吸収が早いものは、果物に含まれる果糖や砂糖に含まれるショ糖などで、疲労回復にいいのは柑橘系―――」
「食いたいもの食え」
 席に備えられたメニューを見ながら、キングはため息をついた。
結局トレイはブルーベリーやラズベリーが山と積まれたベリータルトを注文し、キングは生クリームのたっぷり乗ったガトーフレーズを注文した。
何故トレイがそれを選んだのかは聞かない。どうせ聞いたら長話が始まるのは目に見えていたからだ。トレイの声は嫌ではないが、時と場合による。クリスタリウムで頭を使った後に、追加の講義は勘弁してもらいたかった。
 女子会と称して0組の女子たちはこうしてお茶をすることも多いと聞く。そういえばトレイとリフレで食事をすることはあっても、ケーキを食べることは初めてかもしれない。男のくせに甘いものなんてと人からは思われるかもしれないが、もともと甘いものは嫌いではない。それよりも0組の中でもキングとトレイは特に大柄な二人である。こうして並んでケーキを突いている姿をケイトあたりに見られたら、後々冷やかされるだろうな、とキングは思った。
 幸いリフレの中には0組の面子は誰もいないようだった。注文したケーキとコーヒーを受け取り、トレイの待つカウンター席に戻ると、トレイは振り返って微笑んだ。
「ありがとうございます」
 席に座っていたトレイの前にコーヒーカップとベリータルトの乗った皿を差し出す。トレイの左側に腰を落ち着けると、キングは手袋を外してようやく一息ついた。まだ熱いブラックコーヒーに口をつけ、ちらとトレイを見やる。トレイはさっそくフォークを掴んでいた。ベリータルトに乗っているブルーベリーには艶出しのためにゼラチンが塗られており、深い赤紫色がキラキラしていて綺麗だった。宝石のようなケーキを前にしてにこにこと笑う様子は、女と同じだ。素直に可愛いと思う。
 トレイの食事する姿はとてもきれいだ。ガチャガチャとむやみに音を立てることもしない、フォーク一本使わせても無駄な動きがなかった。0組男子と言えば何かと騒がしかったが、トレイに関しては作法について雑なところがなかった。日頃から他人にも口煩く言っていたが、人に言うだけあって己にも厳しいのだろう。
 サクサクとタルト生地にフォークを入れる音が心地いい。普段は手袋で隠れてあまり見ることがない指先。口周りを汚すことのない食べ方。
 小さく一口大に切り分けたタルトを口に含むと、トレイは満足そうな笑みを浮かべた。
「何です、キング。にやにやして」
 どうやら笑っていたのは自分のようだった。トレイの笑顔に見惚れるばかりで、まったく自分の皿に手をつけていないことにキングはようやく気付いた。「いや、べつに」と答えてキングもフォークを掴む。ガトーフレーズにフォークを突き刺し、大きく切り分けて口の中に押し込んだ。イチゴの酸味と濃厚な甘さのクリームが合わさって、疲れた体に染みる。
「キング」
 不意にトレイにフォークを持つ右手を掴まれる。とっさのことで反応できずに見ていると、トレイはキングの右人差し指にちゅう、と音を立てて吸いついた。
温かい口内、柔らかい舌先、薄い唇。
「―――っ」
 言葉を出せずにトレイを見つめると、あぁ、と何でもないというようにトレイは笑った。
「指に、クリーム付いていましたよ」
「お前……。お前、なぁ」
 はい?と少しだけ首をかしげて笑うトレイは、可愛い……が、そうではなく。
「トレイ、ここがどこだかわかっているか。リフレだぞ」
「えっ……。え、えっ?あっ、すみません……っ!」
 キングに指摘されて気付いたのか、トレイは急に慌てだし顔を赤く染めた。
 トレイは時折、驚くほど天然な行動をとるときがある。本人に言ったらならば、普段から完璧さを自負している彼からしたらきっととても認められないことだろう。だが他人から見たらどう見ても天然だ。 
そしてその時折、はまさしく今この瞬間だった。
「むやみに煽るのはよせ。そういうのはベッドの上だけにしてもらいたいものだな」
「そんなつもりでは……。あぁっ、私はなんてことを」
「0組が誰もいなくてよかったな」
 リフレを見回せば、ざわざわと混んでいるものの、自分たちに気付いたものは誰もいない様子だった。一番奥まった壁際の席であるのもよかったのかもしれない。
それにしても。普段でさえあまり触れあうことは恥ずかしがるトレイであるのに、こんな公共の場で、ついとはいえ指を舐めるなどと一体どれだけ気が緩んでいたのだろうか。
 まだ恥ずかしさが残っているのか、トレイの顔は赤いままだ。表情を隠す様に両の手のひらで顔を隠すが、耳まで赤くしてまるで隠せていなかった。
「……今夜、お前の部屋行ってもいいか?」
「……、は、い」
 トレイの耳元で囁けば、聞き取れないほど小さな声で返事をする。恥ずかしさに丸まるトレイの首筋にキングはそっとキスをした。

作品名:Gateau aux Fraise 作家名:ヨギ チハル