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二人の時間。

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二人の時間


「あー、酷い目にあったぜ」
 ぶつぶつと文句を言いながら、陽介は教室に入った。中央あたりの椅子に座り、制服の置いてある机に突っ伏す。後ろからドアを閉める音と、苦笑する声が聞こえた。
 彼は今、普段の制服ではなく女子高生の格好をしている。成り行きとは言え出場させられることになった『ミス? 八高コンテスト』は、無事に終わった。なので、誰かに捕まる前に、陽介達は早々に着替えに使った空き教室へと戻ってきた。完二とクマの二人は、仲間達に捕まっているのが見えたので、暫く戻ってこないだろう。逃げてきて正解だったと思う。
 彼と同じくコンテストに出場させられ、今は竹刀を持った女番長風の格好をしている相棒――七見 柚貴が、陽介の後ろの机に座った。
「さっさと着替えようぜ。これ以上こんな格好耐えられねぇ……」
 化粧の感じだとか、結ってある髪とか、それに何よりこのスカート。足元がスースーして、落ち着かないことこの上ない。しかも半袖と短いスカートで、廊下に出たらかなり寒かった。
「そう? 結構似合ってると……」
「嬉しくないから!」
 柚貴の言葉を遮り、陽介は叫ぶ。溜息を吐きながら立ち上がり、そのまま柚貴に背を向けて、着替えようとベストに手を掛けた瞬間。ふと膝の裏に何かが当たった。
「お前、何してんだよ」
 おそらくは、柚貴が持っていた竹刀の先端だろう。陽介は、顔を引き攣らせる。
「そんな気合の入った格好してるから、中はどんな感じなのかなーと思って」
 くす、と悪戯っぽく笑みを浮かべ、柚貴は膝裏から足の付け根の方まで、竹刀の先を滑らせる。そのまま下着が見えるまで、スカートが捲り上げられた。中はグレーの、ボクサーパンツ。
「なんだ、女物じゃないのか」
「当たり前だろ!!」
 陽介は竹刀を後ろ手で押し戻し、スカートの裾を直す。真っ赤になって叫ぶ陽介の反応に気を良くしたのか、柚貴は満足気な表情だ。それに、ふと湧き上がった疑問を口にする。
「……って、そういうお前はどうなんだよ」
「見たい?」
 机の上で足を組み、長いスカートの裾をたくし上げる。見えそうで見えないライン。柚貴の挑発に、陽介は一瞬言葉を失った。彼は元々、人を惹きつける不思議な魅力がある。それにこの女装も、凄く似合っている、と思う。クマが来なければ、優勝していたのは彼だっただろう。更に、演劇部で鍛えているせいか、動作も様になっている。不覚にも、綺麗だと見惚れる程には……
 自分を見下ろす視線に気づき、はっと我に返った。
「お、俺だけ見られて黙ってらんねーな!」
 動揺を悟られないように、柚貴のスカートの方へ手を伸ばす。
 別に、下着くらいどうということはない。体育の授業で着替える時だって普通に何度も目にしている。
 けれど、今回は勝手が違った。彼の女装を担当したのは、変な所で完璧主義の雪子だ。それに、彼のことだ。無駄に有り余る勇気で、本当に女物の下着を着けるくらいの事はしているかもしれない。それは流石にちょっと見たくない。というか、見てはいけない気がする。
「どうしたの?」
 誘うような笑みに、陽介は覚悟を決めた。スカートの裾から手を差し入れ、上へと辿っていく。
 陽介と同じく処理されてしまったのか、それとも元々薄いのか。無駄毛すらない、すべすべとした感触が伝わる。足の付け根の方まで辿っていくと、布に触れた。形状からして、普通にトランクス、だろう。ちょっと残念なような、安心したような。
「あ、流石に普通か」
 柚貴が耐え切れないように噴出した。いいようにからかわれたのが、少し悔しい。悔し紛れに、陽介はそのまま、彼の太股を撫で続ける。最初は余裕の笑みを浮かべていた彼が、身じろぎする。少し際どい所を撫でてやると、陽介の胸を手で押し戻した。
「ちょ、っと、いつまで触って……」
 逃れようとする柚貴を、もう片方の腕で抱き込み、耳元に唇を寄せる。そのまま首筋に口付けると、彼は僅かに体を震わせた。
「……柚貴」
と、その時。
「センセー! ヨウスケー!!」
声と共に勢い良く教室のドアが開け放たれ、二人は素早く体を離した。
「あぁまぁ、そんな気はしたけどな……」
せっかくの雰囲気を台無しにされ、陽介はがっくりと項垂れた。



午後の『ミス八高コンテスト』まで校内を見て回るというので、制服に着替えて化粧を落とし、他の仲間の待つ場所へ向かおうと歩き出す。
「陽介」
後ろから柚貴に呼び止められ、陽介は足を止めた。
「……後で、覚悟しといてね」
こっそりと囁かれた言葉。
「それって……」
振り返ると、彼の不敵な笑みに、陽介は僅かに顔を引き攣らせた。
……楽しい時間は、まだ終わりそうにない。



作品名:二人の時間。 作家名:片桐.