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風魔が言葉を話さない理由その弐(捏造)

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「卿は変わっているね」
 白髪混じりの髪を結い上げた男は低く地を這うような声で、自分に問うているのか独り言なのかわからない音量で呟いていた。
「卿は不思議だ。人は複数に連なれば普通は言葉を発するだろうに至極落ち着いているのだね、これでは私が寂しく独り言を言っているようではないか」
 あぁ、別に気にしなくていいよ。と、こちらを一瞥もせずに流暢な言葉遣いで言い放てば主は趣味である見る人が見れば感嘆しそうな掛け軸やら漆器、陶磁器を眺めつつ物思いに耽っていた。この時だけは教養人である事を知らしめてくれるのであった。
 松永久秀。と、今では戦国の世の代名詞とも呼べる下剋上を具現化した男と言っても過言ではない。主君を殺し、上司を裏切って築き上げた地位は血塗られていて暗闇に生きる宿命を持ち合わしている身でも聞けば気分が悪くなる内容だった。故に野蛮な男だと常々思っていたのだが、茶の湯を嗜んだり今のように趣味の品を眺めている姿は血生臭い事からは程遠く、そのギャップに吐き気を催しそうに何度もなっていた。
「それは卿が忍だからかな? 私は卿に仕事として頼んだら卿は話すのだろうか」
 首を微かに降って否、と示せばからからと腹を抱えて笑い始めた。目にはうっすら涙さえも浮かんでいて不愉快この上ない。
「あぁ、そうだ。卿は人殺し……暗殺しか請け負わないのだっけか、ならば無理を言わせてしまったね」
 瞳から落ちた水を手で拭った松永は先程の会話など無かったように襖を開け放って、外を眺め始めた。屋敷に囲まれ正方形をした中庭には桜や紫陽花、金木犀に椿、雪柳と季節ごとに咲き乱れるであろう植物が植えてあって。初めて見た時はセンスを疑った。綺麗な花が咲いたり芳しい香りが漏れたりするのは承知しているものの、神も仏も信じずに大仏を焼き払ってしまう男なのに華やかなものが好きなのか、と。
 服装だって白と黒を貴重にしたシックなものを好み、収集癖のままに集めた品物だって鮮やかに金や朱を含むものがあるのは稀なのに。
「もうそろそろ桜が咲く頃、か。どうだ卿と私で花見でもするか?」
 縁側に座り込み彼の腕が届きそうで届かない距離にある桜の枝に手を伸ばして独り言のように呟く様子に怖気が背中を駆けめぐる妄想をした。
「嫌そうな顔をするのだね。……喋らなくてもいいから私に付き合い給え」
 口から意識せずとも漏れるのは溜息で、それを聴いた男は口角を釣り上げるような笑みを浮かべつつ隣に座れというように床張りの廊下を無造作に叩いていた。
 本来、自分と松永の関係は主従のそれにあたるのだから命令に従わなくてはならないのだが、忍という観念から見れば隣に並ぶという行為はあってはならない事になってしまう。そのような考えを巡らせたものの馬鹿馬鹿しくなってしまって素直に横について座れば興醒めしたかのように桜から目を逸らした松永に腕を捕まれた。
「……!」
「あぁ、見た場でも筋肉質なのは知っていたけれど予想を裏切らない身体をしているね。私にはないからか羨ましい事この上ないよ」
 腕を漆器を触る時のように浮かべる恍惚とした表情で撫でてくるものだから気味が悪くなって振り払おうとすれば、黒曜石のような瞳が「離していいなど言っていない」と主張しているようだった。
「まるで漆を塗られた木目のようだ。触れば離させてくれない魅惑的で蠱惑的な肌理をしている、本当な卿は男にしておくのがもったいない位だよ」
 ひんやりと冷たい手が頬に当てられたものだから、とっさに腕を引きたくなるものの命令やなんやら言って手を外してくれるとは思えないので大人しくしなくてはならなかった。
「あぁ、ところで花見の話なのだけどね…」
 思い出したかのように松永は話し始めた、こちらの肩に寄りかかるような姿勢をして。はたからこの光景はどのように見えるのだろう、矢張り少なからずは親しく見えるのだろうか、とぐるぐる思考が頭の中を巡回が止まらなかった。
「どうしたんだね? 無口なのは相変わらずだが今日はいつにも増して機嫌が悪そうだ」
 それとも春の陽気に当てられて体調でも崩したのかね? となんとも馬鹿にしたように(いつも他人を見下すような口調だが今日は非常に酷い)口許に微笑を絶やないまま首筋に手を置かれた。
「……!!」
「はは、苛烈苛烈。しかし仕方ないのではないかね? それに卿に風邪を引かれたら困るから熱でも測ろうとしただけだから気にしなくても構わないよ」
 白磁のようだと自分の皮膚を称したが、松永の手は自分よりも遙かに血色が悪く想像通り冷たかった。故に首筋からは熱が吸われていくような感触に襲われ意識しない内に肩が震えていたようで松永の笑みは一段と深くなっていく。
「そんなに私の手は怖いのかね? 私には卿程の力はないから首をへし折るとか絞殺は出来ないから安心したまえ」
 そんな問題じゃない、と口を開いて叫んでやりたいのを耐えながら松永を睨み付けていた。彼と初対面の時に声が欲しいかと云った内容の事を言われた事があるが別段声帯を切られたり焼き潰されたりしてる訳ではてんでなく目の前の男のように上手くいくかは別として詭弁だって言う事が出来る。
「……目が見えないというのは厄介なものだね。卿がなにを考えているのか考えにくい」
 ようすれば言葉を発さぬという行為は自分の矜持であるのだ。関わった者をその突風で蹴散らす事を役目とする風の悪魔として、代々受け継がれている「小太郎」として。
「はずしてもいいかね? この兜。言葉で意志の疎通が出来ないならせめて読心術位使わせたまえ」
 玄い闇を切り取ったような瞳と笑みがこちらへと向けられる。この男の歯牙に掛けられては言葉を漏らしそうになる口許を手で覆って飲み込めば松永の笑みはこれ以上ない位につり上がった。
「どうかしたのかね? 体調でも悪いならそこの布団で寝てもかまわないのだよ、まぁ伝説の忍が落ちぶれたと言われても仕方がないようになってしまうがね」
 叫びたい、松永を思いつくままの罵詈雑言で押しつぶしてやりたい。そんな傭兵として雇われた一介の忍が上司に対して抱く感情ではまるでない言葉を己のプライドという薄っぺらいメッキで覆い隠して誤魔化せるのはいつまでなのだろうかと思案する。
「早くどうにかした方がいいんじゃないのかね?」
 もうそんな膜は剥がされてしまってるかもしれないが。