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冷たい指輪にキスをする

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ボスに休暇をもらい、日本にいる京子ちゃんの家に訪れた。イタリアも日本と同じように四季がある。ちょうど長い冬が終わり、花の蕾が開き始める頃だった。
 久しぶりに会うので彼女はとても喜んでくれて、手作りのお菓子と自分の家で育てているらしいというハーブを使ったお茶を出してくれた。ハルちゃんは残念なことに、今日はお仕事で来られないらしい。でも、「明日はお休みみたいだから、みんなでお買い物に行こうって約束してるの」と、京子ちゃんは嬉しそうに言った。
 私も髪を伸ばしていたけれど、久しぶりに会った京子ちゃんもショートヘアーからロングヘアーになっていた。昔はどちらかというと愛らしい雰囲気だったが、ロングになって大人っぽさが出てきた。黒髪ではないけれど、大和撫子というのは彼女のことを言うのではないかと昔から思っている。キュートな笑顔の中に、いつの間にか大人の落ち着きが感じられて、いっそうそう思う。
 イタリアにいる間も何度も手紙で交流し続けてはいたけれど、やはりこうして面と向かって会うと喋りたいことがたくさんある。イタリアでの生活、お仕事のこと、骸様のこと、仲間たちのこと。
 そうして土産話をしているうちに、ふと気がついた。
「京子ちゃん。素敵な指輪、してるのね」
 京子ちゃんの左の薬指には、シンプルだけれども品のいい銀色の指輪が光っていた。彼女はお化粧もアクセサリーもあまりしない人なので、珍しく思った。すると京子ちゃんは途端に泣きそうな、それでいてとても優しい顔をして言うのだ。
「あのね、これはね、ツナくんにもらったものなの」
「・・・・・・ボスに?」
 ああ、どうして思いつかなかったのだろう。――ボスと京子ちゃんがお付き合いしていたことは聞いていたことなのに。
 奥手のボスがやっと勇気を出して、初恋からずっと想っている京子ちゃんに告白して見事恋人同士になったのは、しっかり聞いていた。そして――イタリアに行く前に別れてしまったことも。
 けれど、ここでごめんなさいと謝ることも何だか彼女を傷つけてしまいそうで、私は何も言えなかった。彼女は、そんな私の戸惑いもわかっているといった風にふわりと笑った。
「別れるときにツナくんに外してほしい、そして忘れてほしいって言われたのにね。今でもつけてるなんて、未練がましいなーって自分でも思うの。でもこれぐらいの我が儘なら許されるかなって思って、未だに外せないの」
 そう言って、左の薬指を愛しそうに包んで見つめる京子ちゃんはとても綺麗で、(見たことないけれど)マリア様のようだった。
 ――彼女は知らないのだろう。異国の地にいる彼の人も、未だに光る指輪を外せていないことを。図々しいよね、自分から別れようって言ったくせにと自嘲気味に言って、置いてきた京子ちゃんを忘れられないことを。骸様は愚かだと嗤ったけれど。
 私は向かいに座る京子ちゃんの白くて細い手を取った。いきなりの私の行動に、彼女は驚いて私を見る。その顔に、私は笑って言う。
「京子ちゃん、イタリアに行こう」
 そこにはきっと私には解らない二人の決意があるのだろう。ボスは京子ちゃんを巻き込まないために連れて行かなかった。京子ちゃんもきっとそれを理解しているからなのだろう。しかし、こんなに想い合っているというのに離れ離れなのは絶対おかしい。ハルちゃんならそうきっと、いや絶対にそう言う。骸様には甘いと怒られるかもしれないけれど、私はハッピーエンドを信じたい。――ハッピーエンドしか信じない。
 でも、と戸惑う彼女には、私は一度京子ちゃんの手を離して尋ねた。
「京子ちゃん、ボスに会いたい?」
 即答、するように思えたが、京子ちゃんはその言葉が出て行かないように一度口を閉じて逡巡した。迷ったのは一秒だった。
「・・・・・・会いたい」
「うん、そっか」
 なら、ともう一度彼女の手を取った。
 彼の幸せも彼女の幸せも願っているけれど、最後は女の味方なのだ。きっと二人とも驚くだろう、お互いに未だに指輪を外せていないことを知ったら。
「京子ちゃんに逢わせたい人がいるの」
 ボス、ごめんと心の中で謝って、そうだ、ハルちゃんも連れて行こうと思いついた。
作品名:冷たい指輪にキスをする 作家名:kuk