二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

光の灯る道

INDEX|1ページ/1ページ|

 
長く伸びた影の先に、見慣れた姿の男が物寂しげにこちらを見ていた。物寂しげに見えるのは秋の夕暮れの所為だろうか。夕日に照らされた金色の髪は、青空の下よりも輝きを増して煌きを放っていた。あまりに眩しいその輝きに一瞬、目を細める。光を吸い込み、赤みを帯びた金は、まるでその男の中に眠る燃え盛る情熱の様だった。
 丸井と分かれて宿舎へと向う木手に、同じように練習帰りの平古場が声をかけてきた。走る度に風になびく髪が、光を反射してキラキラと揺れ動く。隣に立つと身長差から、必然的に平古場が見上げてくることになる。その顔が妙に、にやけた顔だったので木手の気に障った。「何ですか」と刺のある声で聞けば、より一層にやけた顔と楽しげな声で尋ねてきたのだった。
「わんが、ダブルスの極意、教えてやるばぁよ?」
 心の底から楽しそうな顔で言い切った平古場に、何故だか無性に殴りたい衝動に駆られた。けれど、いつも以上に高いテンションは、どこか強がっている様にも見えたので、鼻で笑う程度で許してやることにした。
 先ほどまでの丸井との練習を見ていただろう平古場が、何を思い考えたかは知らないが、ふざけた言葉でその心を隠すというなら、わざわざ暴く必要などない。
 平古場の痛みを共感したいとも、慰めたいとも思わなかった。木手はそこまで優しくも甘くもない。それを知らない平古場ではもちろんないだろう。そして、プライドの高い平古場には、知らない不利をすることが一番正しい選択だということも、付き合いの長さから知っている。
 それに、どれほど心を許した相手だとしても、弱みを簡単に見せるべきではないのだと、木手はずっとそう思ってきた。そして、その抱える痛みは平古場自身が消化しなくては意味がないものだと知っている。だからこそ、口出しをするつもりも、手を貸すつもりもなかった。
「誰が君に、テニスを教えたのかを、忘れたとは言わせませんよ」
 居丈高に馬鹿にした様な態度で見下ろすと、平古場はヘラリとした、力の抜ける様な笑顔を木手へと返しながら、片手を勢いよく上へと突き上げた。
「木手永四郎くんでーす」
 つま先立ちで手を上げて、馬鹿にしたような、間延びした力ない言葉を口にする。可愛げのない口調もふざけた態度も、何時ものことだとあきらめた木手は、気持ちを切り替えるために眼鏡のフレームを指の背で押し上げる。
 木手としてもダブルスは不本意だが、選り好みをしている状況では無いことは明白だった。それに、パートナーとして選ばれた丸井に不足はなかった。
 先ほどまでの練習を思い出して、薄く冷たい笑みを浮かべた。勝利する為ならば、パートナーを利用して、相手をねじ伏せることだって厭わない。何が正義で何が悪なのか、それは重要ではない。木手にとって何よりも求めていることは勝利であり、それが最も重要なことだった。勝たなければ意味はない。楽しむだけのテニスは、もうずっと昔に捨ててきた。
 その冷たい笑みを見た平古場は、木手の考えていることが手に取るように分かった。負けることは許されないと、木手は自身にその使命を課していることを、ずっと前から知っている。茶化すようなことを言ったが、きっと木手はダブルスも問題なくこなすのだろうことは分かっていた。分かっているからこそ、言わずにはいられなかった。
 木手は目の前にいるはずなのに、その存在はずっと遠くにいるように感じた。
 手を伸ばしても届かないほどに。
 その背中を追い続けてここまで来たのに、その差は縮まるどころか開いて行く一方だと思った。伸ばした手がその背に触れる瞬間に空を切る、そんな想像が脳裏を過ぎる。置いていかれることが怖くて、子供の様に駄々を捏ねて叫びたい衝動に駆られるが、そんなことは平古場のプライドが許さなかった。
 本音を言えば、木手とダブルスを組みたいと思ったことが無いわけではなかった。
 けれど、木手が一番木手らしいテニスが出来るのは、シングルだと思っていたし今もそう思っている。ダブルスをしている姿を見ても、どこか困惑の方が大きくて違和感を拭い去ることは出来なかった。
 そして、また一歩先を行く姿を見送ることになったのだと思えば、胸の奥深くが疼くように痛んだ。強くなりたい、認められたい。いつだってそんな感情が胸を嵐のように駆け巡る。

 強くなりたい、あの視界に入るために。
 もっと、もっと強く。
 追いつく為には一体何が足りないのか。

 胸の奥にわだかまる感情を吐き出す為に、ゆっくりと深呼吸をする。そんな負の感情を抱えていることを知られたくなくて、いつも通りの飄々とした態度をとる為に無理やり笑顔を作る。
「やーがダブルスとか意外やっし」
 態と木手の思いなど知らない振りをして、からかうように尋ねた。
「俺の実力を見せつける場は、多ければ多いほどいい」
「あー……やんやー……」
 あまりにも木手らしい言葉に、返す言葉が見つからなかった。曖昧な言葉で濁していると、チラリと一瞬だけ視線を平古場へと移した。何だろうかと首を傾げて言葉を待っていると、宿舎へ向けて歩き始めた。それについていくように、半歩後ろをゆっくり歩く。
「それに……」
 めずらしく言い淀む木手を静かに見つめた。その横顔に夕日が当たり、光の加減で木手の表情は見えなかった。平古場は突然、こうして二人で帰ることが久しぶりだということを思い出した。二人だけしかいない宿舎への道は、どこかで誰かが練習するボールを打つ音と、風が吹くたびに木の葉と葉が擦れあう音だけが聞こえる。それ以外には誰の声も聞こえないから、平古場は木手の声にだけ支配されていた。
「丸井くんは……似ていると思ったんです」
 言葉の意味が分からなくて首をかしげた。木手の表情は光に隠れて見えないが、笑っている様な雰囲気が伝わってきた。それは、陽射しの暖かさの所為だろうか。
「まったく、あの飄々した所が実に扱いづらそうで、試合中に思い通りに動いてくれるかどうか……」
 独り言のように試合の心配を始めた木手に、何に似ているのかを聞くに聞けなくなってしまった。胸に霧のような靄を抱えたまま、平古場は木手に黙ってついていく。
 木手は、何か言いたそうな平古場に気がついていたけれど、気づかないふりをして歩き続けた。
 十分なヒントは与えてた。気がつかないならそれでいい。
 不満そうな気配を感じて、木手はそっと微笑んだ。
 パートナーを組む丸井に平古場を重ねて見ただなんて、随分と甘くなったものだと思った。

 それが、木手をより強くしていることを、きっと平古場は知らない。
作品名:光の灯る道 作家名:s.h