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Sweet Hypnotic

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「ギルの容態は?」

会議終了後、神妙な顔をしたフランシスが駆け寄って来た。
続いてアントーニョがフランシスの隣に立ち止まる。

いつも楽しそうにしているこの二人にこういう顔をされると、今のこの現実が妙にリアルに感じられて胸がチクリと傷む。

周囲に漏れ聞こえないよう声を落として答えた。

「…まだ眠ったままだ。」

大丈夫だ、とは言えない。

兄であるギルベルトが目を覚まさなくなってから約1ヶ月にもなる。
そうなる前日にも特に変わった様子は無く、夜にはいつも通り一緒に酒を酌み交わし「おやすみ」と言ってそれぞれの部屋に戻った。

それがまさか、こんな事になるなんて。

医者に見せても意味はない。
自分たちの身体はいつも自分以外の意志に関連し、影響されている。

逆に言えば何らかの環境がそうさせているのは明らかなのだが、それが何なのかわからない。

「うーん困ったねぇ…」
「心配やんなぁ。ルートは大丈夫なん?最近風邪ひいたりとか」

「俺は全く問題ない。ギルベルトも、前日までは元気だったんだ。風邪をひいてもいなかった。」

「俺たちも身近にそういった例を知らないからねぇ…でも君のところの血族は代々波乱万丈だし。大丈夫だとはおもうけど、ねぇ?」

「ごめんなルート、俺らも色々考えてるんやけど…」

「まぁ、あの人の事だ。そのうち何の前触れも無く目を覚ます事もあるかも知れん。気長に待ってみる。」

そのまま帰ろうと踵を返すと、背後から肩に手を置かれた。

「連れないなぁ。お兄さんたちも連れてってよ。ね?」

顔だけで振り向くと、肩に手を置いたままウインクするフランシス。

「目の下に濃ゆ〜いクマ出来てんで。おっかないわぁ。一人で頑張り過ぎやんなぁ?」

苦笑するアントーニョ。

「そうそ。俺たちは君のお兄さんと長いお付き合いなんだし。ちょっとくらいお見舞いさせてもらってもいいでしょ?」


そんなこんなで、少し買い物をして三人で家に着いたのが午後3時頃。
一時間も経たないうちに、キッチンからは甘い匂いが立ち込めた。

マカロンにフィナンシェに、なんとバームクーヘンまである。
お菓子屋でも始めるつもりだろうか。
これら全てを圧倒される手際の良さで作っているのはフランシスだ。

一方、アントーニョは掃除に洗濯に、ギルベルトの寝具をなおしたり等して忙しく動きまわっている。

何か手伝いたい気持ちになるのだが、この2人の手際の良さといったら
まるで熟練度の高い料理人と執事を見ているようで、割り入る隙も無い。

「まあまあ、ゆっくり茶でも飲んでなって。」

落ち着かない心中を見透かしたように、キッチンから苦笑混じりに声が降ってきた。

「そうやで。休める時に休んどかんと身体しんどいやろ?夕飯は美味しいパエリヤ作ったるからな。今日は俺らに任せてゆっくり休んどき」

「いや、しかし…」

「それにしても綺麗にしてんなぁ。あんまりやることないわぁ。」
「うんうん。色んな意味で男らしいギルとは細やかさが違うねぇ。キッチンも合理的に整理されてて使いやすいし。奥さんいらないんじゃない?」
「ホンマやんなぁ。ロマーノは手がかかって大変やったんやで?まあ、それはそれで楽しかったけど。ええ弟さんでギルも幸せものやんなぁ」

言いながらアントーニョは皿に盛られたマカロンをひとつ摘んだ。

「あ!コラつまみ食い禁止!」
「うまいわぁ。おたくの弟さんはなんで料理の作り方学習せぇへんかったん?」
「ウチの事は禁句!あれは万年反抗期なの!ていうか料理も武器だから」

優しい甘い匂いと和やかな雰囲気に涙が出そうになる。

思えば、兄が倒れてからフェリシアーノの誘いは断ってきたし、本田も察して気を使ってくれている。
そう言えばあまり寝ていない。
今日会議で話したばかりの事も半分も頭に残っていない。


「ところで、ルートは昨日は何食べたん?」

アントーニョがソファの隣に腰掛けた。

「昨日?昨日は…確か、」


…思い出せない。
自分で作ったわけではなく
手っ取り早く出来合いのものをその辺で買って適当に流し込んでいた。



「あかんよ、ルート。」


強い語調だが、明るい緑の瞳が悲しそうな色を帯びて真っ直ぐに見つめてきた。

フランシスがキッチンと、このリビングの境目にあるドアに凭れて腕組みをしていた。

「あかんよ。」

母親が子供に言い聞かせるみたいに、手を重ねて覗き込んでくる。

耳が痛くなるほどの沈黙。
叱られた時みたいにやり場のなさを感じて、黙っているフランシスに助けを求めた。

「ま、あれだ。兄さんが大切なのはわかるけど、まず自分の事をちゃんと考えないとね。起きた時にそんな顔してると、ぶん殴られるよ。きっと」

「そう、だな。」

少し、笑えた。
なぜこんなに一人でボロボロになっているのだろう。
そのことだけで手一杯になってしまう程に、自分はまだ子供なのだ。


「少し、寝てもいいか?」

「ええよ。ギルの事は俺らがちゃんと見てるから、ゆっくりお休み」




電池が切れたみたいだった。
寝室に行くだけの余裕も無く、目を閉じるとすぐに話し声が遠退いた。

作品名:Sweet Hypnotic 作家名:甘党