キスの意味
「ぷはぁーーーこのアルコールうめえ!」
「こらこら。それワインね、ワイン。アルコールとか言わないの」
「俺のところのビールはもっとうまいけどな!」
はははは!と楽しそうに笑うかつての悪友を見て、フランシスは苦笑いした。
「も〜、気持ちよく酔えたら何でもいいんじゃないの?この子は〜」
フランシスの家のキッチンはバーカウンターのようになっていて、二人はそこに隣合って座っていた。
既にテーブルにはワインとビールの空きビンが無数に転がっていた。
フランシスは空になった自分のグラスにギルベルトが飲んでいるのと同じワインを注ぎ足した。
芳醇な葡萄の香りがフワリと漂う。
「それにしても昔はお互い大変だったよなぁ。みんなギスギスして、毎日毎日飽きもせず殴り合いに明け暮れてさ。今は随分平和にはなったけど」
「退屈だろ。なんならいつでも相手してやってもいいぜ?」
ギルベルトはニヤニヤといやらしく笑いながらグラス半分ほど残っていたワインを一気に飲み干した。
「冗談。もう殴り合いは懲り懲りだって。放っといても突っかかっててくるのが隣にいるし。」
フランシスは青ざめて遠い目をした。
笑うギルベルト。
「アーサー・カークランドか…懐かしいな」
ギルベルトは空になったグラスを置いて、感慨深げに腕を組んだ。
「育て方間違えちゃったみたい。黙ってればカワイイんだけどねぇ」
フランシスは左手で頬杖をついた。
「そうか?過激なスキンシップなんじゃねぇの?」
「うわぁ他人事だからって〜。百歩譲ってあれがスキンシップだったとしても俺には重すぎるね」
「あ、そういやあいつルートと仲悪かったよな。お前マジで育て方間違ったな」
一転してアーサーを突き放すギルベルト。
フランシスは白目を剥いてギルベルトを指差した。
「うわぁ始まったよ親バカ!モンスターペアレント!!」
「ははは!ヴェストは大事だからな。」
そんなギルベルトを見つめて、フランシスはふわりと微笑んだ。
「お前も変わったよねぇ。」
「かもな」
口許に薄く笑みを浮かべながら
どこか遠い目をするギルベルトに、フランシスは残りのワインを注いでやった。
最後の赤い水滴がビンの縁からポタポタと落ちる。
それを、ギルベルトは右の人差し指で掬って舐めた。
「うわ、それなんかエロくない?」
フランシスはニヤニヤと笑って空になったビンを端に置いた。
「俺に発情するなよ」
「とか言って実は誘ってたりしてー」
「万年発情期うるせー」
他愛ない会話を交わしながらフランシスはギルベルトの右手を取り、先刻彼が口に含んだ指に口付けた。
それは優雅な仕草で、女性ならばそのまま甘い雰囲気に流されてしまっても仕方がないかもしれない。
しかしギルベルトは左手で頬杖をつき、顔は前に向けたままにしている。
フランシスは構わずその指を口に含んだ。
表情を消したギルベルトの横顔は思考が読めないが
抵抗する意志も無さそうだった。
「やれやれ、この子は素直じゃないんだから」
フランシスは軽く溜め息を吐き、今度は少し位置をずらして手首に口付けた。
「欲望」
短くギルベルトが言った。
「そ。よく知ってるね。”手首へのキスは欲望を意味する”」
フランシスはギルベルトが何に飢え、何を渇望しているかを知っていた。
国として望まれる事はなく、何かを欲することも許されない。
それは、ひどく抑圧された感情だ。
「思いっきり泣かせちゃおうか?それとも何もわからなくなるまで壊れちゃいたい?」
言っていることは過激だが、その口調はあくまで優しい。
小さな子供にするように、ギルベルトの髪をゆっくりと撫でている。
「変態。わざわざ聞くな。」
ギルベルトはその手を乱暴に掴み取り
少し躊躇った後、手のひらに口付けた。
「そう来るわけ」
フランシスはニヤリとした。
「俺としては、手の甲を期待したんだけどなぁ」
「出来るか。」
「だよねぇ」
フランシスは苦笑した。
手のひらへのキスは懇願。
手の甲へのキスは服従を意味する。
手の甲へのキス
それはギルベルトにとって
かつて慕っていた父と、そして弟にのみ捧げられる聖域なのだろう。
「ま、手のひらのキスにお応えしてお兄さん今日は頑張っちゃうよ!」
ピンポーーーーーーーーン
インターホンが鳴った。
「うわぁーこんなタイミングで現れるKYは一体誰かな〜」
フランシスが席を立って玄関に向かった。
「あー、夜分にすまない。ギルベルトはいるか?」
「え〜っと…」
玄関から弟の太い声が聞こえた。
「お兄さ〜ん?弟さんが危険を察知してお迎えにあがりましたよ〜」
ひどい棒読みだ。
ギルベルトは席を立って玄関に向かった。
「か、帰るぞ」
ルートはまるで娘の心配をする父親のようだった。
ギルベルトが現れるなり、どこかほっとした表情をするが
それもすぐに怒ったような困ったような顔に隠してしまった。
フランシスはひどく顔を歪めていた。
笑いを抑え切れず肩が震えている。
ギルベルトはおもわず吹き出した。
「っぶ、ははははは!」
「わ、笑うな!」
結局、そのままギルベルトはルートに連れられて家に向かった。
やや足早に歩くルートの数歩後をギルベルトが追う。
「…寒いか?」
「いや」
ルートは何か言い出せずにいるようだった。
ギルベルトは巧みにそれを引き出していく。
「お前が来るの、もうちょっと遅かったら俺食われてたかもな」
大きく成長した背中を見ながらギルベルトはおどけた調子で言った。
「…邪魔したか」
ルートの声が沈んだ。
「違う。なんつうか、俺は流されちまうんだ。確実な意志が備わってねえからな。」
意志という支えを失った曖昧な存在。
ルートは苦しげに歯を食いしばった。
「俺が生まれたせいで、兄さんは居場所を失ったんだろう」
ルートが立ち止まって振り向いた。
さっきとは一転した、頼りなげな顔がそこにあった。
「違う。結局、俺がお前を望んだってことだ。わかるだろ?」
ギルベルトはルートの目を真っ直ぐに見て言った。
揺らぐ青い瞳は苦しげで、今にも泣き出しそうだ。
「何度でも迎えに行く。だから、どこに居ても待ってろ。待っててくれ」
何もない場所で立っている事など出来るはずがない。
犠牲ばかりが必要な世界など許さない。
強い意志の宿ったルートの真っ直ぐな瞳がギルベルトを捉える。
「忘れないでくれ。」
ルートは胸の鉄十字を強く握った。
ギルベルトは彼らしい笑みを浮かべて
自分の胸にある鉄十字を左の手の平で押さえた。
「ああ覚えておく。しかしお堅い奴だなお前は」
「い、今更だろう!」
赤面したルートを笑いながら、ギルベルトは暗くなった空を見上げた。
少し、雪が降ってきた。
「寒いと思ったぜ」
「ああ。早く帰ろう」
ルートはギルベルトの手を引いて歩きだした。
ギルベルトは自分を確かにつなぎ止めるその手の甲に口付けた。
足早に歩くルートは耳まで赤く染めていた。
「兄さんはそこにキスをするのが好きだな」
「こらこら。それワインね、ワイン。アルコールとか言わないの」
「俺のところのビールはもっとうまいけどな!」
はははは!と楽しそうに笑うかつての悪友を見て、フランシスは苦笑いした。
「も〜、気持ちよく酔えたら何でもいいんじゃないの?この子は〜」
フランシスの家のキッチンはバーカウンターのようになっていて、二人はそこに隣合って座っていた。
既にテーブルにはワインとビールの空きビンが無数に転がっていた。
フランシスは空になった自分のグラスにギルベルトが飲んでいるのと同じワインを注ぎ足した。
芳醇な葡萄の香りがフワリと漂う。
「それにしても昔はお互い大変だったよなぁ。みんなギスギスして、毎日毎日飽きもせず殴り合いに明け暮れてさ。今は随分平和にはなったけど」
「退屈だろ。なんならいつでも相手してやってもいいぜ?」
ギルベルトはニヤニヤといやらしく笑いながらグラス半分ほど残っていたワインを一気に飲み干した。
「冗談。もう殴り合いは懲り懲りだって。放っといても突っかかっててくるのが隣にいるし。」
フランシスは青ざめて遠い目をした。
笑うギルベルト。
「アーサー・カークランドか…懐かしいな」
ギルベルトは空になったグラスを置いて、感慨深げに腕を組んだ。
「育て方間違えちゃったみたい。黙ってればカワイイんだけどねぇ」
フランシスは左手で頬杖をついた。
「そうか?過激なスキンシップなんじゃねぇの?」
「うわぁ他人事だからって〜。百歩譲ってあれがスキンシップだったとしても俺には重すぎるね」
「あ、そういやあいつルートと仲悪かったよな。お前マジで育て方間違ったな」
一転してアーサーを突き放すギルベルト。
フランシスは白目を剥いてギルベルトを指差した。
「うわぁ始まったよ親バカ!モンスターペアレント!!」
「ははは!ヴェストは大事だからな。」
そんなギルベルトを見つめて、フランシスはふわりと微笑んだ。
「お前も変わったよねぇ。」
「かもな」
口許に薄く笑みを浮かべながら
どこか遠い目をするギルベルトに、フランシスは残りのワインを注いでやった。
最後の赤い水滴がビンの縁からポタポタと落ちる。
それを、ギルベルトは右の人差し指で掬って舐めた。
「うわ、それなんかエロくない?」
フランシスはニヤニヤと笑って空になったビンを端に置いた。
「俺に発情するなよ」
「とか言って実は誘ってたりしてー」
「万年発情期うるせー」
他愛ない会話を交わしながらフランシスはギルベルトの右手を取り、先刻彼が口に含んだ指に口付けた。
それは優雅な仕草で、女性ならばそのまま甘い雰囲気に流されてしまっても仕方がないかもしれない。
しかしギルベルトは左手で頬杖をつき、顔は前に向けたままにしている。
フランシスは構わずその指を口に含んだ。
表情を消したギルベルトの横顔は思考が読めないが
抵抗する意志も無さそうだった。
「やれやれ、この子は素直じゃないんだから」
フランシスは軽く溜め息を吐き、今度は少し位置をずらして手首に口付けた。
「欲望」
短くギルベルトが言った。
「そ。よく知ってるね。”手首へのキスは欲望を意味する”」
フランシスはギルベルトが何に飢え、何を渇望しているかを知っていた。
国として望まれる事はなく、何かを欲することも許されない。
それは、ひどく抑圧された感情だ。
「思いっきり泣かせちゃおうか?それとも何もわからなくなるまで壊れちゃいたい?」
言っていることは過激だが、その口調はあくまで優しい。
小さな子供にするように、ギルベルトの髪をゆっくりと撫でている。
「変態。わざわざ聞くな。」
ギルベルトはその手を乱暴に掴み取り
少し躊躇った後、手のひらに口付けた。
「そう来るわけ」
フランシスはニヤリとした。
「俺としては、手の甲を期待したんだけどなぁ」
「出来るか。」
「だよねぇ」
フランシスは苦笑した。
手のひらへのキスは懇願。
手の甲へのキスは服従を意味する。
手の甲へのキス
それはギルベルトにとって
かつて慕っていた父と、そして弟にのみ捧げられる聖域なのだろう。
「ま、手のひらのキスにお応えしてお兄さん今日は頑張っちゃうよ!」
ピンポーーーーーーーーン
インターホンが鳴った。
「うわぁーこんなタイミングで現れるKYは一体誰かな〜」
フランシスが席を立って玄関に向かった。
「あー、夜分にすまない。ギルベルトはいるか?」
「え〜っと…」
玄関から弟の太い声が聞こえた。
「お兄さ〜ん?弟さんが危険を察知してお迎えにあがりましたよ〜」
ひどい棒読みだ。
ギルベルトは席を立って玄関に向かった。
「か、帰るぞ」
ルートはまるで娘の心配をする父親のようだった。
ギルベルトが現れるなり、どこかほっとした表情をするが
それもすぐに怒ったような困ったような顔に隠してしまった。
フランシスはひどく顔を歪めていた。
笑いを抑え切れず肩が震えている。
ギルベルトはおもわず吹き出した。
「っぶ、ははははは!」
「わ、笑うな!」
結局、そのままギルベルトはルートに連れられて家に向かった。
やや足早に歩くルートの数歩後をギルベルトが追う。
「…寒いか?」
「いや」
ルートは何か言い出せずにいるようだった。
ギルベルトは巧みにそれを引き出していく。
「お前が来るの、もうちょっと遅かったら俺食われてたかもな」
大きく成長した背中を見ながらギルベルトはおどけた調子で言った。
「…邪魔したか」
ルートの声が沈んだ。
「違う。なんつうか、俺は流されちまうんだ。確実な意志が備わってねえからな。」
意志という支えを失った曖昧な存在。
ルートは苦しげに歯を食いしばった。
「俺が生まれたせいで、兄さんは居場所を失ったんだろう」
ルートが立ち止まって振り向いた。
さっきとは一転した、頼りなげな顔がそこにあった。
「違う。結局、俺がお前を望んだってことだ。わかるだろ?」
ギルベルトはルートの目を真っ直ぐに見て言った。
揺らぐ青い瞳は苦しげで、今にも泣き出しそうだ。
「何度でも迎えに行く。だから、どこに居ても待ってろ。待っててくれ」
何もない場所で立っている事など出来るはずがない。
犠牲ばかりが必要な世界など許さない。
強い意志の宿ったルートの真っ直ぐな瞳がギルベルトを捉える。
「忘れないでくれ。」
ルートは胸の鉄十字を強く握った。
ギルベルトは彼らしい笑みを浮かべて
自分の胸にある鉄十字を左の手の平で押さえた。
「ああ覚えておく。しかしお堅い奴だなお前は」
「い、今更だろう!」
赤面したルートを笑いながら、ギルベルトは暗くなった空を見上げた。
少し、雪が降ってきた。
「寒いと思ったぜ」
「ああ。早く帰ろう」
ルートはギルベルトの手を引いて歩きだした。
ギルベルトは自分を確かにつなぎ止めるその手の甲に口付けた。
足早に歩くルートは耳まで赤く染めていた。
「兄さんはそこにキスをするのが好きだな」