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まどろみと覚醒と

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 城砦騎士とは聞こえがいいが、といつもの苦悶に満ちた硬い表情でこぼしていたのを覚えている。何度か治療の為に彼の上体を診た時、彼の眉間のシワよりも深い数多の傷痕を知り、そしてそのほとんどにまともな治療の痕跡が無い事にも気付いていた。
 殴り書きされたメモ用紙が乱暴に破り捨てられていくように、城砦騎士というものは多くの苦痛を肩代わりして、使い物にならなくなればそのまま捨てられる事が多いという。この街の冒険者達の中でも、力の強いものなら言わずもがな、非力なものであっても、何かしら他に変えがたい役割を持っているものだ。わたしのような医術の心得がある様な者は、食うか食われるかの冒険者の中であっても優遇される。医術師を食い潰してしまう事は己の身を自ら喰らうようなものだからだ。夜賊や踊り手に分類されるような、器用で、身のこなしが素早いようなもの達なら、あるいは必要最低限の、冒険者には少数派の、良心の強いような精鋭との交流さえあれば十二分に冒険が出来るものもいるが。

 そんな中にあって城砦騎士にしか担えない役割というと身を挺して味方をかばうという一点が挙げられるだろうが、味方の傷をその身で肩代わりするような、そんな不器用な役割とは果たして彼らにしか出来ない事だろうか。…誰にでも出来るのだ。もちろん本人から進んで行うかどうかは別の話だし、襲い来る獣の群れの牙を一手に引き受けて尚立っていられるタフさを持ち合わせているかというのもまた別だ。しかしどんな人間でも命一つさえあれば、自分よりももっと重要な働きをする人間一人位ならば、その身を挺してかばい死んでいくことくらい簡単に出来る。まして使い潰される事を嫌って一人で冒険を行うなんて事も、彼らのアイデンティティである大鎧と盾を引きずりながら魔物を追いかけまわすなど到底不可能な話だ。
 故に私の知る城砦騎士というものは騎士学校を出てすぐの様な未熟な新人か、もしくは沢山の死線を乗り越える中、運よくギルドの重役に収まる事に成功する者に二分されると言って良いくらいだった。そして、その一握りの後者に分類される為には社交性というものを持ち合わせなければならないだろう。
 社交性。
 当初彼に社交性はあまり無かったという。ただ運だけがあった。たまたま経理の席が空いた中堅ギルドに入り、食いつぶされる前に必要最低限の読み書きを教わり、なんとかその席へ就くことが出来た。そして紆余曲折あり、ギルドマスターを押し付けられる形で引継ぐ事となった。彼なりにギルドの音頭を取る者として気をもみ、彼自身の潔癖を押し殺しながらあまり好んでいないらしい人物とも向き合おうとし、そうして不器用ながら少しずつ歩みよりも見せ、今ではギルドマスターである無口で生真面目な青年に否定的な感情を持つメンバーはいないに違いない。今のところはまだ、使い潰される事なく生きている。
 彼が年上のギルドメンバーとの付き合いについて特に気をつかっていた事はよく知っていた。騎士学校では年功序列の風習が強かったから、ギルドマスター役として接するべきか、あるいは相手を年上のものとして接するべきかといった点で困惑していたらしい。幸いその年上の陰鬱気な男は顔に似合わず穏やかで懐の広い気質であった為、やがて昨今では生真面目な青年とその伯父の様な、そんな仲にまでなっていたのだ。
 だからこのギルドの城砦騎士が、他の悪質なギルドの様に切って捨てられることは無いのだ。その上リーダーを務める人間が、初めに見捨てられる事は、あるはずがない…あってはならないはずなのだ。

 処置を続ける指先がぬるつき、震えている。自分の心臓の音なのか魔物の群れ群れの差し迫っている足音なのか分からなかった。上腕と腹部の出血箇所が酷い。もはや止血バンドも用を成していない。鎧の僅かな隙間を縫う様に差しぬかれた一撃はあまりに深く、この場しのぎの処置では到底出血は止まらない。

「嫌よ」

 嫌。嫌。嫌だ。置いて逃げて、それでまた欠けた穴を、輝きに満ち満ちた瞳の新人の城砦騎士でも入れて、それで、また殺すのか。

「だめよ…だめよ。あなたはまだ、」

 瞑目していた青年は静かに瞳を開けて、やがて私が今まで見た中で一番微笑みに近い表情でこう言った。

「いつも、身を裂く多くの斬撃や、殴打ののちの昏倒のたび、このまどろみが最期と思ってきた。二度と目覚めは無いと幾度も覚悟は決めている。それが、また目覚めを迎える。俺はまた次の昏倒の為に起き上がり、苦痛の肩代わりの為に誰かの元へ駆けていく。目覚めて初めに見るものは医術師であるお前が処置を行っているところが多く、他のものが薬で慣れぬ手当てを行ってくれていることもあった。それを見るたびに、覚悟が裏切られたという事が口惜しいような、嬉しいような、そういう気分になっていた。…良いだろう、十分俺なりにやってこれたと思っているんだ。さあ、もう一人にしてくれ。死を待つ罪人ですら祈りの時は与えられるものだろう…」

作品名:まどろみと覚醒と 作家名:katabami38