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【イナズマ】Rosen Kaiser

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「おい、風丸、また来てるぜ」

半田の声に視線をグラウンドに向けて、
俺はぐったりと机に片肘をついた。
半田の言葉を皆まで聞く前に、何が起こっているのか、
誰がそこにいるのかなんてことは、見なくても分かっている。
わかりたくないのだが。

「おーい鬼道ー!!」

開け放した窓の向こう側から、円堂の能天気な声が聞こえる。
隣のクラスだ。窓を開いて声を上げているのだろう。
愛すべき幼馴染の声が、ひどく憎らしいものに聞こえるのは、
彼が呼びかけている相手の目当てが自分だからだとわかっているからだ。
思わず視線を窓の外に投げれば、
視界の端に無視したくてもすることのできない色がある。
真紅の外套、目に痛いほど派手なその色をまとったそいつは、
目ざとく窓際の俺を見つけると、にやりと笑って見せた。

「風丸一郎太!!降りて来い!!」

俺の名前を呼ぶよく通る声に、周辺一帯から俺に視線が集中する。
聞かなかった、見なかったフリでそっと姿を消そうとした俺に、
姿は見えないが、隣のクラスから円堂の声が再び響いた。

「風丸ー鬼道が呼んでるぞー」
「うるさい!!わかってる!!」

空気を読んでくれよ、円堂。頼むから。



好奇の視線をたっぷり背中で受け止めながら、俺は鬼道と向かい合っていた。
どうせ、出ていかなければ梃子でも動かないどころか、
ありとあらゆる手段を駆使して俺を自分の前に燻りだすのだ。
逃げ出してしまいたいが、それも癪な気がして、
俺は目いっぱい不機嫌です、という顔を作る。
微塵も気にしてないな。畜生。

「……何の用だよ」
「お前に会いに来た」
「……だから、それはなんでかって聞いてるんだよ」
「好きな相手に会いに来るのに、理由がいるのか?」

これだよ。
ここまで話がまともに通じない相手がいるということに、
俺はある意味での感動すら覚える。
鬼道有人。帝国のキャプテン。
俺を、というか俺たちをこの間サッカーという手段でボッコボコにした相手だ。
頭はいいけど、性格は悪い。顔はいいけど、笑い方は悪い。
正直言って嫌いというか苦手というか、
そもそもボールをぶつけられまくった相手なので、
良い印象を抱けという方が無茶なのだが、
何がどうしてどこでどうなったのか、
こいつはあの試合以来ちょくちょく雷門中にやってくる。
理由はサッカー部でもなきゃ、円堂でもなきゃ、豪炎寺でもない。
俺だ。

「…………意味がわからん」
「もう一度、一から十まで説明してやろうか?俺がいかにお前に心を奪われたのか」
「遠慮する」

俺は男でこいつは男で、俺は何度もそれを口にしたはずなのに、
そんなことは知ったこっちゃないと人の悪い笑みを口にする。
レンズの奥で、ちかりと瞳が反射するのがわかった。

「まあ、いい。今日は顔を見に来たついで……というかこれを渡しに来ただけだ」
「な、なんだよこれ!」
「見ればわかるだろう、薔薇の花束だ」
「そうじゃない!何故薔薇の花……は、ちょっと待て!何をしれっと帰ろうと……!」
「寂しいのはわかるがな、風丸」

にい、と笑って鬼道は手を伸ばす。
びくりと思わず肩を引きかけた俺の顎を取ると、
鬼道は悪い笑みを濃くした。
後ろからきゃーと女の子の悲鳴が聞こえる。
……悲鳴を上げたいのはこっちだ。

「俺は帝国のキャプテンだ。練習に戻らなければならない。いい子だから、その薔薇を俺だと思って次に会う時を楽しみにしていろ」
「は……」

呆気にとられて、顔をひきつらせた俺の髪をすくい上げるように撫でて、
鬼道はばさりと外套を翻した。
はっと気付いたときには、緑色のでかい車の扉が閉まるところで、
硬直している俺の前でパワーウインドウががーっと開く。

「風丸」
「あ?」
「愛しているぞ」
「ふ……っ……」

言うだけ言って走り去っていく車を見送り、俺は肩を震わせた。

「ふ……ざけるな……っ!!」

薔薇の花束を受け取ったままだったことに気付いて、
地面に投げ捨てようとして、振り上げた手を結局俺はゆっくりと下ろす。
花に罪はない。罪はないんだが。

「あ、の、野郎……!!二度と来るな!!」

喚き散らして地団太を踏んでいる俺の肩をぽん、と誰かが叩く。
力いっぱい振り返った先にいたのは、丸い目を瞬いている円堂だった。

「風丸」
「なんだよ……」
「お前ら、仲いいな」
「……ふっざけんな!!馬鹿!!」

円堂の顔面に花束をぶつけて、俺は吠える。
なんなんだ、なんなんだあいつは!

「こんなの……こんなの違う!間違ってる!!」
「いてーよ、風丸」
「知るか!!」



時計を見ると、間もなく日付が変わるころ合いだった。
唸るように声を絞りだしながら、俺は思わず頭を抱える。
え、えらい夢を、見てしまった……

「風丸?」

小さな声に思わずびくりと肩を震わせて顔を上げると、
半ばまだ眠りに足を突っ込んだままの鬼道が、
半分閉じた瞳でこちらを見上げている。
甘い琥珀色の中に俺が沈んでいた。
ああ、いつもの鬼道だ。

「……どうした?」
「いや……なんでもない……」

もそ、と布団に潜りなおして、鬼道と向かい合う。
ゆっくりと瞬きを繰り返すその顔は、俺のよく知っている鬼道のものだ。
いや……夢の中の俺は色々抵抗していたけど、あれはあれで……いやしかし……

「鬼道……」
「うん……?」
「俺、鬼道が鬼道で良かった……」
「なんだそれは……」

喉の奥で笑みを転がしながら鬼道は唇をほころばせる。
その頬に手を伸ばしながら、俺はこっそりと思うのだ。
うん、やっぱり、されるよりもするほうがいいな。
特に、鬼道には。

作品名:【イナズマ】Rosen Kaiser 作家名:茨路妃蝶