弱い人
「静雄さん、静雄さん、もう落ち着きましたか?」
「・・・・・・・」
帝人がこの廃墟まで攫われてきたのは、静雄が原因だった。池袋の喧嘩人形にどうしても勝つことが出来ない。だが仕返しはしたい。どうすればいい? 簡単だ。
彼自身を狙わなければいい。
その情報の出所はともかくとして、ごろつきどもは帝人のことを知った。平和島静雄が可愛がっている少年がいるらしい、と。その少年が来良高校の一年生であることも、いまどき珍しく髪を染めたりもしていないことも。
彼らにとっても帝人にとっても不幸なことに、喧嘩人形を壊そうとした連中の頭はお粗末なものだった。それはもう、自分たちで思いついた作戦に、すぐに飛びついてしまうほどに。
いくらネット上では多大な力を持ち、矢霧薬のごろつきどもを数で圧倒したといっても、帝人自身の戦闘能力などたかがしれている。体力の面では杏里にすら勝てないし、正臣のように喧嘩慣れしているわけでもない。あっさりと攫われてしまう帝人であった。
言葉でなじられ、暴力を振るわれ、遂には貞操を奪われそうになってようやく、静雄はようやく帝人の元にやってきた。遅いですよ静雄さん。もっと早く助けに来て欲しかった。そういうことも出来ないほど、帝人の体はぼろぼろだった。
それを見た静雄はあっさり逆上した。そこからはもういつものパターン。人の体がごみくずのように空を舞う。壁が、床が抉れていく。怪物が暴れまくったよなその様は、見ていて爽快感すら与えられる。実際にされる方としては痛いとしか感じるだけなのだが。
「ごめん。マジごめん。帝人・・・」
「もういいですよ。終わったことですし」
嘘だ。本当はこれから骨折の治療などをしなければならない。治療費どうしよう・・・などと考える余裕も少しは出てきた。痛覚が痛みに慣れ始めたのだ。
「静雄さんのせいじゃないですし」
これも嘘だ。静雄と関わらなければ、こんなことには巻き込まれなかった。
「怪我なんて治るものですから」
これだけが本当のことだった。
心の中で笑う。この人は弱い。弱い。弱い。どうしようもないくらい弱い。こんなに心が弱い人は知らない。
拒絶されることが恐いのだ。拒絶されることがどうしようもなく恐くて、帯いえているくせに、原因である力を抑えることが出来ないのだ。
「静雄さん。少し、話してもらってもいいですか? ・・・痛いです」
その言葉にも、静雄は異常なまでに反応した。
「悪い、帝人・・・」
あわてて、なかば突き飛ばすようにして静雄は帝人から離れた。帝人に拒絶される前に。それは帝人を思っての行動というよりも、自分が拒絶される前に離れてしまえ、というずるい行動だ。帝人を守っているように見せかけて、本当に守っているのは自分自身なのだ。
そんなことを考えながら、帝人はほんの少し微笑んだ。自分も情報屋に似てきたのかもしれない。性格が悪くなった。