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氷を溶かす手

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ほうっと吐いた息は白くて、ぼんやりとしていた。視界がすこし、歪んだ気がする。
こんなに寒いならマフラーも着けてくるんだった、と後悔する。冬の寒さで突き抜けるような青い空は好きだけれど、今だけは恨む。寒すぎる。手袋をしている手が冷えていく。冷たさは指先から浸食していった。このままずっとこんなふうに外に突っ立って空を眺めていたら、きっと全身が冷たさで浸食されて、まるで氷のようになってしまうのだろうな、と思った。でもたぶん、お湯でも掛けたら白い水蒸気と一緒に氷は溶ける。
そんなことを考えているうちに、手袋をした手の指先に薄く氷が張っていた。結構な時間、こうして取り留めのないことを考えつづけていたのに、未だに指先に薄く氷が張っただけだ。全身がぶ厚い氷に覆われるのは一体何時間、否、何十時間かかるのだろうか。
じわじわと鼻先が痛んだ。きっと鼻は真っ赤だ。
もう一度息を吐いた。ほうっと吐いた息は白い。二度目に吐き出した息に思ったのは、ドライアイスからぼわぼわと出てくるあの白い気体とは少し違うということだ。二酸化炭素を冷やして冷やして、もっと冷やしたらドライアイスになる。専門家ではないからどういう原理なのかはいまいちわからないけれど、すごいのだということだけはわかった。自分もあんなふうにすごい勢いで冷やしたら、きっとすぐにぶ厚い氷で覆われることができる。そうして私は仮死状態となって、何も感じないままに時の流れに身を任せていられる。仮死状態だからずっと生き続けるというのは事実ではあるけれど、私は仮死状態でなくとも生き続ける。(仮死状態と違うのは、私は何かを感じるということだ。)だからちょっと違う気がする。
掌がつめたい。手袋の中なのに。次に手袋を買うときは、もっとぶ厚い布にしよう。ずっとこのつめたい空気の中に居ても、凍ってしまわないように。そう簡単に、人間が(私のような"国"ならなおさら)凍ることはないことくらい、知っているけれど。
つめたい、つめたい、つめたい。何もかもがつめたいのに、死にはしない。(おかしいだろう。死体はあんなにも冷たく重いのに。)
身体の熱が下がっていくのと同時に、何もかもが醒めていくような気がした。私はきっと、醒めることを望んだことがあるはずだった。なまぬるい、あの人に守られる日々から脱したかった。つめたくあることを望んだ。

「日本」
空気は相変わらずつめたかったけれど、己の名前が呼ばれた瞬間、冷水でも浴びせられたかのように身体が強張った。
「アメリカさん」
「日の本の君が、こんな日陰に居てどうするんだい」
寒さの苦手な彼が、私にそう言った。
冬の空の、突き抜けるような青よりも薄い色をした(まるで氷のように透明な)瞳が、私を見つめる。彼の瞳の熱さ(氷のようであるのに、)に耐え切れなくなって、私は目を逸らした。そして答える。
「だって、溶けてしまいますから」
私は、つめたいままで、居たいのです。
「……ばかばかしいよ」
「ええ……そうですね、わかっています」
非科学的で、抽象的。はっきりしなくて、曖昧。
「……わかって、いるなら」
彼はそう語尾をすぼめながら呟いたけれど、その先は言わなかった。すこしだけ言葉に出してしまったのは、子供の名残か、その子供ながらの残酷さ故だろうか。
「わかっては、いるんです」
そう言ったら、彼は悲しげな顔をした。子供と大人の境目をさ迷う彼は、わかったのだ。あの小さな呟きはひどく残酷なことであったのだと。
「わかっては、いるんですよ。私はこのままではいられません。いつか……いえ。今、私は日の当たる場所へ、日の本へ出ねばならない」
国民は、そう決めたはずだ。
「迷惑、だったかい」
俺が君のところへやってきたのは。
「……ええ。迷惑だと感じなかったと言えば、嘘になります」氷のような熱さの瞳と、私は目を合わせる。
「でも、……」
「でも?」
「あなたは、正しかったはずです」
否、あなたは正しくなければならなかった。正義でなければならなかった。
「アメリカさん、」
「あなたは、自分の正義を疑ってはならない」
我ながら、残酷なことを言ったものだと思った。
私からすれば、他の国々からすれば、彼は十分に子供であるのに。けれど彼は大きすぎたのだ。土地も、力も。正しくあれなど、どんなに残酷か。
「……ああ、そうだね」
目を逸らしながら、彼はそう答えた。空を見上げる彼をしばらく見つめて、私もまた空を見上げた。私が一人で空を見上げ始めてから、一体何分経ったのだろうか。指先に薄く張った氷は侵食を増し、指の芯まで氷と化した。空は次第に深くなり、ただ天は遠くなるばかり。

ああなんて、悲しい青。
冬の寒さで突き抜けるような青い空は好きだけれど、今だけは恨む。
「日本」
「はい」
「行こう、早く。凍ってしまう前に」
「はい」
そう言って彼は私に手を差し延べて、ひとこと「つめたい」と言う。
「アメリカさんは、温かいですね」
「……君の手が、つめたすぎるだけだよ」
手を引かれて立ち上がって、足先までもが凍っていたことに気付く。
歩調に合わせてアメリカさんの金髪が揺れる。
「君の言ったとおり、俺は自分を信じるよ。いつも皆の正義でいられるように。正義であろうとするのは俺の意思だけど、きっかけを作ったのは君のはずだよ。……だから日本。」
また、氷のような熱さの瞳が、私を射止めた。
「たとえ君が望まなくとも、俺は君を日の本へ連れていくよ」
「……はい」
小さく返して、空を見た。なんて悲しい青か。

冬の寒さで突き抜けるような青い空は好きだけれど、今だけは恨む。

今だけは、恨む。

温かさが、恋しくなってしまうから。




*****
氷を溶かす手




作品名:氷を溶かす手 作家名:悠都