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よるにかる

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生物というものは、一つの感覚が閉ざされればそれを補うように他の感覚が鋭くなる。
それは、生物が生き残るための一つの方策だからだ。
ただ、鋭くなりすぎた感覚が常に利になると限らないのも、また事実なのだろう。



灯りを消した室内に差し込む光はほんの僅か。
かろうじてモノの境界を認識できる程度だ。

十分に機能しない視覚の代わりか、息遣いだとか衣擦れの音だとか、そんな音ばかりが耳につく。
硝子一枚隔てた向こうでは、きっと「普通の人」たちが「普通の暮らし」をしているんだろう。
俺たちの関係はと言えば、世間一般でいうところの「普通」とは違うけれど、そんなことは関係ない。
そんな「雑音」は、意識の端にすら上りはしない。

いま、俺の意識はすべて、目の前の彼に向いている。
「佐助……」
声になる前の微かな吐息や、こくりと唾を飲み込む音。
そんな些細な刺激さえも拾い上げる聴覚が憎らしい。
しかしこれも、「必要な刺激」だからこそ、意識されるものなのだろうか。

この身の内には、すでに十分すぎるほどの熱が与えられているのだ。
これ以上の刺激は、溢れてしまう。
「っく、あ……だん、なぁ……」
女のような、甘ったるく伸びる語尾に、苛立ちを覚えたことがないわけではない。
しかし、これも彼に与えられた熱によるのだと思えば、幾許かの羞恥こそあれ、嫌な気分はしない。
むしろ、
「好いか……さす、けっ……」
わずかに掠れた声で気遣いながら、それでも腰を掴む手の力を緩めない、そんな彼の熱だからこそ心地好いのだ。
そんな彼の熱に声を上げ、その声にまた彼が、彼の体躯が応えてくれる。
「ん……っ、そこ、あっ、ふああ……」
そうだ。後わずか、ほんの少し。
届きそうな快楽に伸べるように、肩に触れる。背に手を回す。
抱きしめた彼の体は、そのまま自分の快楽だ。
吸い込んだ空気に含まれる匂いにすら、心臓が跳ねる。
もう少し。あと少しで快楽が自分のものになる。
そう思っていたのに、不意に動きが止まる。
凪いだ快楽にどうかしたのかと目を遣れば、その先で揺らぐわずかな光。
「……」
「旦那……?」
彼の目が、僅かな隙間から差し込んだ月明かりを映して光る。
青みを帯びた、冷ややかな色。ただ、その中に在る熱はその青の通り、とてつもなく熱い。


いつか何かで見た、狩る側の獣を思い起こす。
ならば、俺は狩られる側だろうか。 馬鹿な。
一方的に食われるなんて、そんなことがあってたまるか。
思えども、じいと見つめる視線から逸らせずにいるのもたしか。

これでは、だめだ。

逃げなくては。
このままではあの熱に灼かれてしまう。
逃げなくては。
このままでは、あれに喰われてしまう。

「ねぇ、だんな……」
「佐助、お前は、俺のものか」

ぴしり。強い言葉に強い光。
その腹にあるのは何なんだろう。
何かはわからないけれど、これはなくしてはならないものだ。
彼のためか自分のためかは判然としないけれど、なんとしても、守らねばならないものだ。
ならば答えは自ずと導かれる。

「……そうだね。俺は、旦那のだ。だから……」
「ああ」

月は角度を変えただろうか。
差し込む光はとうになく、ただ気配だけで彼が笑んだのだろうと思った。

その後はと言えば、ただただ肌に感じる熱に融けるばかり。
いつかはこのまま、喰われてもいい、なんて。
ふわりと浮かんだ考えは、けだるい睡魔に喰われて消えた。
作品名:よるにかる 作家名:ゆうき