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[APH]こわい

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 君のことが嫌いじゃないよ

 ただ俺が、君がひどく満足そうに笑うのに耐えられないだけで





 目を閉じていても、骨張った細い指が俺の額にふれて前髪を優しく梳いているのがわかる。その指の皮は所々厚くざらりとしている。困難な案件が載った羊皮紙の命令書を、あるいは数え切れないほどの本のページを延々と繰ってきた、そのくりかえしで今みたいな指先に変わっていったんだろうなと思った。

 一方で、昔から変わらない霧と濡れた朝の草花のにおいもする。ひどく心がおちついて、なんだか香りのプールにぷかぷかと浮かんで、風で立つ波に優しく揺らされている感じがする。おやすみなさい、もっとくつろいでいていいんだよ、って、なんでも許されているような気分。ぽかぽかと暖かい俺の額に君の指がふれて、ひやりとして体温が混ざって、気持ちが良かった。

 こんなに心地いいけれど、でももうちょっとしたら目を覚まさなくちゃと思った。まぶたを開いて、それから嬉しさに潤むエメラルドの瞳をのぞき込んで「なにやってんの」と迷惑そうに言い放たなくちゃいけない。

 きっと君は、今まで作っていた微笑を消して眉根を寄せて、「べ、べつに何でもねえよ!ていうか何でまた勝手に俺ん家上がり込んで寝てんだ!出て行けよ」とかなんとか、怒り出すんだろうな。失意をとっさに隠して、ポーカーフェイスで感情をごまかすのが君のお得意だもんね。それから君は多分、文句を言いながらも紅茶とスコーンでもてなしてくれるんだろう。昔みたいに自分で焼いた黒こげのやつじゃない、使用人に作らせた黄金色のホクホクとしたスコーンとつんとツノが立ったホイップクリーム、それとブルーベリーのジャムで。紅茶だけは君が淹れてくれるから、まだ幸いか。

 この目を開いたら、そうなるのがわかるよ。だって俺たちは、もう何百年も、こんないびつなやりとりを繰り返しているから。

 君がもう、昔みたいに俺を保護対象として見ているわけじゃないって事は分かってる。君は、俺がそういう態度に怒ってると思ってるみたいだけど、俺はそこまで鈍くないんだぞ。実は君、結構昔から覚悟していたんじゃないのかな?俺と君は、いつかこんなに他人になるって。

 離れてしまう、いつかこうなるだろうと分かってても、それでも君は俺を懸命に愛してくれた。今思い返せば圧倒されるしかない君の底なしの、保身のない優しさに報いたいって思うときが俺にだってあるよ。

 でもそれ以上にね、怖いんだ。君が俺の目の前でひどく満足そうに笑うのが、怖いんだよ。

 俺たちは生き様を隠せない。人間が俺たちの真実を求めて、たとえ何千年前の事だろうと調べ尽くす情熱は、たくさんの書籍となって世に散らばった。それを特別丁寧に集めているのは君だけど、あんなのを読み返して君は楽しいのかい?わかんない、わかんないや。あんなに君が苦しくて泣いたり、悪鬼のようにがむしゃらに亡国の恐怖から逃げようとしていたときの事なんか、読むこっちの胸が軋んで痛むくらいなのにさ。

 ともかく俺は、君について書かれた数え切れない本を読んで、時代ごとに移り変わっていく君の輪郭を知った。君はいつも飢えていたね。欲しい、もっと欲しい って。机に向かって議会用の原稿を書いているときも、舞踏会で柱に背を預けて華やかな会を人ごとのように眺めているときも、船上から新たな島を見たときだって、君はいつも欲しくてたまらなかったんだ。それを。なにかを。

 そのなにかが、俺だったんだろうか?分からない。なぜ俺が君に選ばれたのかもわかんないや。でも確かに、君は小さな俺と一緒に居るとき、言ってくれた。「お前が居てくれたらいい。それだけでいい」って。そしてたくさんの愛情をもらったよ。広い草原を馬で駆けて海を見に行ったし、夏の夜の星を見上げながら孤島での処し方を教えてもらった。最初にもらった一杯の紅茶は子供の舌にひどく苦く感じられて、でも香りはうっとりするほど甘やかだったのも覚えてる。そのどれもどれも、どれもが幸せだった。懐かしい想い出だ。

 もし国から切り離された俺個人というものがあるとすれば、そいつはきっと独立を宣言する直前まで、ひどく幸せな奴だったろうと思う。

 だから、未だに俺の家の反英感情がはじめて高まったときから 今の今まで俺をとらえて離さないこの恐れを他の誰もきっと理解できないだろうってことが分かる。分かってる。この気持ちを感じている俺だって持て余しているくらいなんだもの、正確に説明できる気がしないよ。

 それでもあえて言葉を尽くすなら、そう――君は儚いんだ。ひどく、儚い。

 かつて七つの海を支配して、未だに世界有数の先進国として立っている君が亡国になるなんて、言っている俺も冗談だと思うよ。でも、君が明日、一時間後、それともこの瞬間に消えちゃうんじゃ、もう二度と声を聞けないんじゃないかって、そんな疑惑がいつも左の肺に小さくこびりついて、時々呼吸が苦しくなるんだ。不意に顔をしかめてしまう。昔は自分にあきれてたよ。今じゃあきれるのを通り越して、時々心臓やら肺やらが心配になってくるくらいさ。

 でも、仕方ないんだ。この恐れは1800年代から俺の体ににぴったりと寄り添って離れてくれない。

 俺が独立したあと、いつかの君の上司が「大英帝国には永遠の友も、永遠の敵もいない。あるのは永遠の国益だけだ」って言ってたけど、君は昔も今も、大体いつもそんな気分だったんだろうと思う。

 いや、そうじゃないと俺が困る、と思ったんだ。直感的に。君はいつも足りなくて、飢えて追い求める生き方をしてきた。そういう生き様のひとだ。その君が、俺と一緒にいるとき ひどく嬉しそうに微笑して、世話を焼いてくれる。俺が居てくれたらそれでいいって言う。その満足げな様子を見て、はじめて恐怖したのはいつの夜だっただろう?

 もう思い出せないけれど。

 君が満足したら、心を満たして本当に笑顔になったら、君は1000年じゃきかないその生き様を、生を、笑って捨てるだろう。幸せで胸がいっぱいになって、ああ、ついに今まで求めて求めて手に入らなかったものがもらえたんだ。この幸福が永遠に続くように、時間を止めなくちゃ って。そう考えて、それ以上なにも欲しがらず、なんの後悔も感慨もなく、自分のすべてをなかったことにして黙って消えてしまうんだ。俺の中からすら君の存在がすべてなかったことに、なって

 そんな予感が、君の優しい手にふれるたびに静かに、けれど確かな痛みで俺を打ち据える。君の華やかで美しい、満面の笑みが見えて、そしてその姿が指の先からほろほろと崩れて砂になり、崩れたそばから風に飛ばされ消滅してしまう。そんな白昼夢。

 なんてことだ。根拠のない妄想に、科学の申し子と言ってさしつかえないこの俺がとらわれっぱなしだなんて。

 それでも、この予感には確かな重みと痛みがあって、ああだからなんだ。君に触れてきた数百年の時間と経験が『君を飢えさせろ』って囁く。君が追い求めるスタイルを変えないように、愛想尽かされない程度に困らせて、死なない程度に不安にさせれば、君は消えないから。俺の近くにいてくれるから。時々わざと隙を見せれば、こうやってさわってもくれるから。
作品名:[APH]こわい 作家名:速水湯子