二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

春の日差し、柔らかに

INDEX|1ページ/1ページ|

 





いい天気だった。
日差しが温もりを含むようになって、やっと春の訪れを感じるようになった。
芽吹き始めた木々は、まだまだ薄くではあるが柔らかい緑を徐々にその先端に付け始め、これから彩り鮮やかに変わっていくのだろうと容易に想像できる。
こんな日は、二人でぶらりと歩くのも悪くない。
そう思って誘いに来た部屋の前、コン、と一回、握りこぶしの甲で扉を叩く。
昔から自分は、エーリッヒを訪れるときだけはノック一回と決めていて、だから今の来訪者が自分だとはすぐに気付くはず。
しかし、

「………?」

部屋からの返答はなく、てっきり中にいるのだろうと思っていた自分はあてが外れたのかと息を吐いた。
いや、しかし、アドルフからさっきエーリッヒが部屋に戻るのを見たのだと聞いたばかり。
本でも読むのだと言っていたというから、中にいるはず、なのだが。

「…エーリッヒ?」

しんとした部屋からは、しかし相変わらず返答はない。
やはりいないのだろうか。
だったら他を探すか、と体の向きを変えかけたところに、

コトン

何かの物音がした。
聞き間違いかと思って耳を澄ますが、それ以上の音はしない。
が、

「………?」

そっとドアノブを捻ると、鍵はかかっておらず、ゆっくりと重い木造りの扉が動いた。

窓が開いているのか、扉の隙間から爽やかな冷たい空気が流れ出す。
ひやりとはしているが、春の日差しの下でならさぞ心地よいだろうと思う。
そういう空気を感じたくて、そういう空気の中を二人で歩きたいと思って、だからエーリッヒを誘いに来たのだ。
もしもいるなら、外に行こうと誘って、近くの森の中でも歩いて、と考えながら足を踏み入れると、



「なんだ、」

ゆったりとした椅子は大きな窓辺に置かれていて、明るい日差しに包まれている。
床には春の斜めの日差しが作る柔らかな影が落ちていて、その足元には一冊の本。
置かれた、というよりは無造作に放り投げだされたようなその様子から、さっきの物音はもしかしてこの本が床に落ちた時の音だろうかと思いいたる。
光の中で静かに寝息を立てる、シュミットが探していた人物は、とても安らかにしているから、それを起こすのはまるで罪悪だとでも言わんばかりに思えた。
わりと自分の都合でエーリッヒを動かすことが多いとは自覚している。
しかし、さすがの自分も、この寝顔を起こしてしまうのは気が引けた。
いや、気が引けるというか、むしろもったいないというか。
背もたれに預けた頭は少し右肩に傾いて、すとんと落ちた肩には緊張も力みもない。
普段から周りに気を回すような行動ばかりとっているエーリッヒの、すっかり緊張をといた無防備な姿は、本当に珍しいのだ。

しかしそうすると、さて。

腰に手を当てて考える。
今日一日、せっかくの空いた時間だった。
一人で過ごすのよりも、どうせなら共にいて一番心地よい相手と過ごそうと思ったから来たのだ。
起こしてしまうのは忍びないが、このまま引き返して一人で過ごすのも面白くはない。

さて。

考えて、改めてエーリッヒを見下ろした。
薄く開いた窓から吹き込んだ風が、さわさわとカーテンを揺らし、それからエーリッヒのところまで届いて前髪をはらりと揺らした。
綺麗な青の瞳は見えないが、閉じた瞼の向こうに玉のような色があると思うと愛しさが増した。
いつでも自分ばかりを視界に収める青に、いつでも安心感を得ているなんて、そうそう柄でもなく言えはしないが。
すうすうと寝息を立てるエーリッヒが光を浴びて、まるで一枚の絵のようだと思った。
ふと、思う。

触れたら、起きてしまうだろうか。

起こすのはもったいないと、自分自身で思ったばかりだ。
しかし、ついと伸ばしかけた指は止まらなかった。
そっと、指の腹で頬に触れる。
日を受けて温かな感触が、指先に伝わる。
知っている。エーリッヒの温かさを。
体に、心に、どこに触れても温かい思い出ばかりの相手なのだ。

触れたら、怒ってしまうだろうか。

しかし、吸い寄せられる顔がそんな内心の小さな制止に従うはずもなく、シュミットは薄く眼を閉じた。
すう、と寝息が鼻にかかる。
頬から耳元へと滑らせた指が、エーリッヒの顔を支えて、



やがて、重なる温度、



いつもなら恥じらって閉じられる目は、今は静かに静かに閉じられていて、切なげにぎゅうと寄せられても苦しげに歪んでもいない。
すう、と静かな寝息がまた顔に触れて、シュミットは微笑んだ。
そっと顔を離し、頬をなでる。
日差しの中で、かくりと首が揺れる無防備な様子が本当に珍しい。
こうまでして起きないのならば、エーリッヒの眠りは深いのだろう。
今日は二人で外を歩いて、などと勝手に予定を立てていたが、仕方がない。

腰をかがめて、褐色の額に口付ける。

春の景色を楽しみながら、二人で歩くのもいいだろうと思っていた。
しかし、こんな日には、二人で日差しの下、うとうとと過ごすのも悪くない。






2010.4.3
作品名:春の日差し、柔らかに 作家名:ことかた