破片
可愛い可愛い女子高生に言われた言葉の筈なのに、その一言から脳裏に浮かぶのは白髪のオッサン。
『ねえ双識君、俺はね、とても君を壊したい。とてもとても壊したい。ばらばらにぶっ壊して君のその自慢の鋏でふざけた伊達眼鏡ごと眼球をぶち破りたい。けれど、君が俺を殺すことを我慢してくれているのだから、そこはやはりギブアンドテイクの精神で、俺も我慢しなければならないのだろうね。俺がぶち壊したいのは零崎ではなくて、君だけなのだから。君以外の零崎に殺されるなんて……はは、あぁ、想像するだけでもおぞましい』
ああくそ、なんて酷い。なんて惨たらしい。
ベルベットのソファに身を沈め、苛々した気分で煙草を咥えれば、どこからともなく火を点けてくるこの白衣が鬱陶しい。
「君、今俺の事を考えていただろう?」
ジッポの炎が煙草の先端を焦がす。
ジジッと小さく焼ける音がして煙草の先端が赤く燃えると、兎吊木は手慣れた風に片手でジッポの蓋をかしゃんと閉じて、何ともないような動作で市松模様のジッポをそのポケットに仕舞い込んだ。
「……違います」
「違くないさ双識君。君が俺の事を考えるとき、想ってくれる時はこうしていつも眉間に皺が寄っているからね。ほら、それ、その表情だ。その嫌そうな顔!双識君、とても良い表情だ。そして俺の事を考える度に煙草が吸いたくなるんだろう?おっと根性焼きは勘弁してくれ。そんなチンピラみたいなこと鬼がするもんじゃあない。君が思っているよりもね、高いんだよ、この服」
煙草を彼の左胸に押し付けようとするも、男はおどけたようにとんっと一歩退いた。
行き場の無くなった煙草は先端を煌々と染めたままただ小さく煙を上げる。
視線を上げるとオレンジ色のグラスに隔てられた胸糞悪いにやにやとした男の顔。
苦し紛れに投げた煙草も男は軽々避けて「折角火、点けてあげたのに」なんて恩着せがましく嘯きながらも先の尖った白い靴で躊躇い無く、容赦も無くそれを踏みにじる。
「双識君、また君はとても良い顔をしているね。俺を殺したくて殺したくて殺したくてたまらないんだろう?平和主義者で白い鳩のような男だと自称して違わないとてもいい表情だ。ぞくぞくする。君を壊したくて壊したくて壊したくなる」
男は高らかにそう言いながら距離を詰め、俺の眼鏡を取り去った。
伊達眼鏡だ。視力に変化は無いが視界を縁取る銀縁のフレームが取り外されて、少しだけ世界が明るくなる。
ただ、今見えるのは目の前のこの男と、俺にはよくわからない機械ばかりだ。少しばかり視界が広くなろうと狭くなろうと全く以てどうでもよく、関係の無い出来事だった。
男は俺から取り上げた眼鏡を何とはなく床に落として、そうすることが当然のように踏みつける。破壊する。
足元狭い範囲で小さく飛び散る硝子の破片。人の物を壊す事に全く躊躇も戸惑いも躊躇い無い。壊し屋。
「壊したいほど、愛しているよ」
髪を一房掬いあげて口付ける。
その甘い動作をする対象は私じゃあないだろうに。
こちらを窺うような視線を苦笑いでいなして、やはりこの男は嫌な男だと再確認。
「殺さないほど、大嫌いです」
兎吊木はわざとらしい動作で肩を竦めた。
二本目の煙草を咥え、目を閉じて男を視界から消す。
そして双識にはジッポの音と肺一杯に満たされる煙だけが残った。