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00腐/Ailes Grises/ニルアレ

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【序章【繭 届かない祈り 天使らの終の棲家】






キラキラと輝く何かが目の前で燦然と佇む。
赤、青、黄、緑、多様な色で縁取られたそれは極彩の色香を放ち、何かを形作っていた。
羽の生えたヒト。
光輪を冠のように頭上に携え、人々にその輝く絵は語りかける。
鈍く光る十字の星のふもとで僕は頽れ、指を組み、背後から訪れる何かに怯えた。






脅威が遠ざかり、いつの間にか僕は眠ってしまっていたのか、柔らかい寝床の上に横たわっていた。
しかし光を感じるだけで恐怖による涙でか目蓋は張り付き、手足は上手に動いてくれなかった。
乾燥した涙の膜を破るように目蓋を開けてみると、そこには見知らぬ人々の顔が並んでいた。
その多くは少女らで、幾人かの幼い男の子らが僕の横たわるベッドの足元から僕を見上げる。
じぃ、とくりくりとした瞳が此方を見詰めた。
キラキラ、色んな色がキラキラ輝いて、此方を見る。
ああ夢の中で見た硝子の絵も、こんな風に綺麗だった。
それぞれ、赤銅、山吹、群青、漆黒、…表現しきれないくらいの色がそれぞれ二つづつあって、楽しげに僕を見守ってくれている。

「おはよう、いい夢だった?」

その沢山の瞳の色を部屋中ぐるりと見回していると、ベッドの横に置かれた椅子に深く腰掛けていた男性が僕に声を掛けた。
男性は銀縁の眼鏡を掛けて、やさしく微笑む。

「ゆ、め?」
「見なかった?夢」

思うように声が出なかった。夢の中では嘆きも叫びもせずただ蹲っていただけなのに、まるで泣き止んだ後のように声は枯れていた。
その不安定な僕の声を聞いて男性は、少し困ったように此方を覗き込む。
よく見るとこの男性は、僕の横たわった部屋にいる少年少女らより幾分か年上のようだ。
部屋にいるどの子供よりも一際幼い子供が、彼の足にしがみつくようにして立っている。

「見た……」
「じゃあ、どんな夢だったか話してくれる?」

夢の内容を尋ねられ、掠れた声でぽつぽつと語る。

――極彩色に輝く天使のステンドグラス。
曇った銀色の十字架。そのたもとで跪き祈る僕。
背後から押し寄せる得体の知れない何か。――

だけど僕は、その全てをはっきりと覚えてはいなかった。
あまりにも断片的過ぎて、一番最後の【おそろしいもの】が夢だったのかすら分からない。
だからそこだけは、語らずに綺麗に話し終える。
そんなに重要な事では無いだろう。ただ夢の内容を聞かれただけだ。

「聖堂、磔刑像、礼拝ねえ……これは、中々」

ふむ、と腕を組んで彼は一考し、周りの少女や幼い少年らは彼の発する言葉の続きを待っていた。
わくわくとまるでプレゼントを待っているかのように。
何が中々なのだろう。
男の癖にただ怯え震える夢を見たことが?いいや、僕は祈ってしかいない。
何に何を祈ったかすら忘れたが、ただ分かるのは「ここから助けて」などといった、背後から迫りくる畏怖から逃れる為の祈りでは無かったという事。
そももそも僕はこの男性に、悪夢のようであった事を話してはいない。
幾分宗教性の臭い語りではあっただろうが。

「では、その恐怖を取り除いてあげよう。”アレルヤ”それが今日からお前さんの名前だ」
「アレ、ルヤ…?」

僕の名前?違う、僕の名前は……そう続けようとするが、言葉が出ない。さっきまで覚えていた筈なのに、急に名前を付けられて、今までの自分の名前が分からなくなった。
そして何より、彼は、まるで僕が悪夢を見た事を知っているかのように、僕に名付けた。

「……ここにはお前さんの知ってる人も、お前さんを知ってる人もいない。親も兄弟も無い。
ようこそ、ゴッデスホームへ」
「女神の家……?」
「そう、そして俺たちは、女神に見捨てられた天使だ」

僕が目覚めた場所は、女神がいなくなった教会だった。
夢も過去も、全て置き去りにして、僕は目覚めるしかできなかった。





12.12.17