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ばんさんへ

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朝はご飯だ、と燐は決めている。
ふつふつと蒸気の立ち込める鍋を満足気に見つめ、だしをいれ一煮立ちさせた鍋に味噌を入れる。菜箸でお玉にすくった味噌を溶かして、ひと通り味噌が溶け出したことを確認する。
――勿論、朝一番の冷たい水で洗ったレタスやトマトに、雪男のためにすこし砂糖を多めにしたスクランブルエッグと切り出したハムを挟んだサンドイッチに、野菜たっぷりのコンソメスープ、という朝食でも一日の始まりとしては上出来だ。
けれど、冷え切った夜を抜け、暖かな光に包まれ始めるこの時分には、ふっくらと炊き上がった米と湯気の立ち昇る味噌汁は、朝の食卓には欠かせない、と思うのだ。


「雪男ー朝ごはんできたぞー」
今日も渾身の出来と自画自賛した朝食をリビングに揃えた燐は、寝室にいる弟を呼ぶ。
「おはよ、兄さん」
「おう」
ぴっちりと闇色の制服を身にまとった雪男は、いつも傍らにある鞄を手にとってリビングへ向かってくる。今日から数日間、雪男は任務のために家を開けるのだそうだ。無限の鍵で、家の扉を開けその扉から帰ってくるため、イマイチ行ったことも見たこともない土地へ弟が出かけているという実感が燐にはない。
(でもまぁ、学校とか塾に雪男がいないってのは、なんかな)
いつもはふたつ用意する弁当箱がひとつ分になったり、買い出しの量が減ってしまうのは、やっぱり、すこし物足りないな、と思ったりする。
「今回の任務はひとりなのか」
燐よりもすこし少なめによそった茶碗を雪男へ渡す。ありがと、と言って雪男はそれを受け取った。
「いや、何人か部下がつくらしい」
「へー…シュラも一緒か」
「シュラさんまで行ったら、だれが兄さんの監視するの」
「あ、そっか」
いただきます、と手を合わせる雪男に燐も倣う。雪男の箸使いは無駄がなく、ひどく美しい。幼い頃しばらく箸をうまく使えず、フォークとスプーンを駆使していた燐とは違い、雪男ははやいうちから箸を使いこなしていたように思う。おまえもちゃんと使えるようになれよー、とオヤジが口角を上げて言っていたのを思い出す。
(食べるっていうのは、大切なことなんだからな)
(それをするための道具をきちんと使うのは、食べることを愛おしむことなんだぞ)
オヤジは、事ある毎にそう語った。苦手に感じるものをとにかく嫌がってしまう燐には、その言葉は、理解し難かった。けれど、今はぼんやりだけれどわかってきたんじゃないかと、思う。食卓を囲むのが雪男とのふたりになって、あ、いやクロがいるから三人か。勝呂たちやしえみたちとも一緒に食事をするようになって。教会で過ごした賑やかな時間が、実はかけがえのない瞬間だったのだなと、過ぎてしまった今、遠い日々を思う。
「ま、怪我しねぇようにな」
「うん」
「あと、帰ってくるときは連絡いれろよ」
「…分かった」
「なんでちょっと間があるんだよ」
「忙しいから忘れるかも」
「お前な」
「分かった。なるべく連絡いれる」
「うし、あと」
「まだあるの」
うんざりと、顔に書きながら雪男は鮭を頬張っていた。
朝から刺身というわけにはいかないから、朝に魚を出すときは、だいたい鮭だ。はっきりとは口にしないが、雪男は鮭が好きらしい。あの綺麗に器用に動く箸で、すこしはやいテンポでピンク色の身を雪男はほぐしていく。
「ちゃんと飯食えよ」
「…お母さんか」
「んだと!」
「僕だってちゃんと考えて栄養はとってるよ」
「おまえ、任務の時、菓子みてーなもんばっか食ってるだろ。シュラが言ってたぞ」
「…余計なことを」
ちっ、と口の中だけで雪男は舌打ちを打った。相変わらずシュラとの仲は良くないらしい。しょうがねぇな、と笑う。
「オヤジも言ってただろ」
ぴく、と動作を止めて、雪男はこちらを見やる。素直なやつだ。燐はそう思って、可笑しくなる。俺達は似てない双子だけれど、生きてきた時間はどうしようもなく一緒だ。俺のなかに残っているものは、雪男のなかにだって絶対あるのだ。
「食事は大切にしろってさ」
「……わかったよ」
にかり、と笑ってそういえば、はぁ、とひとつ大きく溜息をついて雪男はそういった。そして、ちいさく、ちいさく笑って言った。
「ありがとう」
「おう」
手にした茶碗からはしろくゆるく湯気が立ち上り、窓から差し込む朝日に照らされてきらきらとひかる。あぁ、今日も良い一日のはじまりだ、と燐は思った。



おわり!
作品名:ばんさんへ 作家名:鶯の谷