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Call me,please

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(めずらしー…)
赤々と燃える暖炉の前、大きなソファにゆったりと体を沈めた大柄な人影は、目を閉じたままぴくりとも動かない。
(スーさんの居眠りなんて、はじめて見た。)
今晩は久しぶりに帰りが遅くなってしまった。いつもはどんなに帰りが遅くなっても自分を待って起きていてくれるスウェーデンだったが、今日は違っていた。読みかけの本を膝の上に開いたまま、ソファの肘掛に頬杖をついて眠っていたのだ。
一緒に暮らすようになってからしばらくたつけれど、そういえばほとんど寝顔を見たことがない。なんだか嬉しくなって思わず側によって見つめてしまう。
(いつもはあんなにおっかないのに…)
見てるだけで幸せになるような、安らかな寝顔。整った横顔はもう見慣れたはずだったが、暖炉の炎で照らされているせいかいつもとは少し違って見えた。
(かっこいい、なぁ…)
自分のものとは違う、男らしい鋭利な顎のラインに思わず見惚れる。このままいつまでも見つめていたい気もしたけれど、こんなところで寝ていては体が冷えてしまうだろう。起こさなければ、と声をかける。
「スーさん、こんなところで寝てたら風邪ひいちゃいますよ。」
起こすつもりで声をかけたのに、こんなに安らかな眠りを妨げるのは忍びなくてつい小声になってしまう。そのせいなのかそれとも相当深い眠りに落ちているのか、目を覚ます気配はなかった。
「スーさん、スーさん」
さっきよりは大きく、でもまだ小声で名前を呼んでみたが、反応はない。毛布でも持ってきて掛けておこうか。そう思ったときふと、ずっと心の片隅にひそんでいた思いが頭をよぎった。

(今なら…だいじょうぶかな)

呼んでみたい、名前があった。彼の、彼だけの、本当の名前。初めてそれを教えてもらったとき、あまりにぴったりでなんだか感動したのを良く覚えている。いかめしくて、どこか古めかしいような、力強いその響き。ずっと呼んでみたかったのだけれど、もうすっかり「スーさん」と呼ぶのになじんでしまっていて、気恥ずかしくてとても口に出せなかったのだ。

今ならきっと大丈夫。誰も聞いていない。そう言い聞かせて、心の奥にずっと秘めていたその名を始めて口にした。

「―――」
ベールヴァルト、とささやいた声は先ほどよりもさらにさらに小さかった。最後のほうはかすれて声にならない。たった一つ、名を呼ぶだけで心臓は破裂しそうだった。
だが当の本人は、それでも目を覚まさない。そのことにほっと胸をなでおろし、そばから離れようとした、その瞬間。
まるで機械仕掛けの人形のように、ぱちっと音を立ててスウェーデンの目が見開かれた。
その勢いのよさにこちらの体が文字通り跳ね上がった。
「うわ、びっくりした!もう…おどかさないでくださいよ!」
あまりのタイミングに頭が真っ白になる。狼狽しきった胸のうちを悟られないよう、顔を背けてそこから立ち去ろうとしたその腕を、大きな手がつかんだ。
「フィン、今の。」
「え?」
「もっかい。」
最初、何を言われたのかわからなかった。しかしすぐに理解すると、自分の顔が音を立てて赤く染まっていくのがわかった。

―聞かれていたのだ、先ほどのささやきを。

「…狸寝入りなんて人が悪いです!」
恥ずかしくて振り返れない。きっといま自分の顔は熟したリンゴよりも真っ赤になっているだろう。なけなしの意地で、怒ったふりをしてみせる。
「…離してください。」
できるだけぶっきらぼうに、つぶやく。
ええけっど、と答えた声は何事もなかったかのように落ち着き払っていて、羞恥心がさらにつのる。と、つかまれたままの腕を強引にひっぱられ、強制的にそちらを向かされてしまう。そこにあったのはいつもどおりの無表情だったけれど、ほんの少し楽しげに見えるは気のせいだろうか。
目が合ってしまうと、もう逃げられなかった。
観念して思わず目を閉じた耳元で、獲物を前にした元ヴァイキングはご機嫌にささやいた。
「ただし、もっかい、呼んでくっだら。」
作品名:Call me,please 作家名:オハル