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BSRで百人一首歌物語(2)

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第14首 陸奥の(サナダテ未満)



 筆を運ぶ手に、汗が滲む。構わず手を動かせば額から顎を伝った汗の雫が紙の上に滴り落ちて、政宗は思わず舌打ちをする。先日までは涼しかったはずの奥州にも、夏の気配が近づいてきていた。
 国境での小競り合いを片付けて城へ戻ってきた政宗を待っていたのは、大量に積み上げられた書類の山であった。嘆息せずにはいられなかったが、これもまた国主の仕事だと思い直し、一日のほとんどを部屋に篭って過ごし始めてから既に三日が経った。減らない書類の山と蒸すような暑さに、政宗の苛立ちは限界に達しようとしていた。
 休息すらままならない中での唯一の息抜きである煙管に手を伸ばそうとしたちょうどそのとき、外から何やら怒号が響いてきた。何事かと立ち上がり急いで廊下に出てみると、普段よりも険しい表情を作った小十郎と鉢合わせる。
 「何事だ」
 苛立ちを引きずったまま低い声で問う。小十郎は重々しい溜め息を吐きながら答える。
 「真田幸村が乗り込んできたようです」
 「真田幸村…」
 眉間の皺を深くして、政宗は呟く。いつもならば喜んで迎え打つところであるが、今はそうも言っていられない。戦から戻ってきて日が浅い伊達軍の備えは不十分だったし、何より片付けなければならない仕事が山のように残っているのだ。この上幸村に領内を荒らされてはたまったものではない。とはいえ好戦的な自軍の兵達は幸村を見て大人しくしていられるとは思えない。そうなると、その被害はいかほどのものか。そこまで考えて、政宗もまた小十郎と同じように重い溜め息を吐く。
 「小十郎、刀は」
 「ここに」
 幸村が来たと聞いて、すぐに用意させたのだろう。小十郎は政宗の六爪を差し出す。だが政宗はそのうちの一本だけを受け取って、着替えもせずに外へと向かう。
 「政宗様?いかがなさるおつもりで?」
 政宗の行動が予想の外にあったのか、小十郎は慌てた足取りで政宗の後に従う。
 「俺が出なけりゃアイツは止まらねぇだろうが」
 わざと足音を荒げて歩きながら吐き捨てる政宗に、もう小十郎は何も言わなかった。
 門近くまで出てみると、幾人もの兵たちが一点に向かって駆けていくのが目に入る。その目指す先にあるのは、紅い炎だ。幸村に立ち向かっていく兵たちの中には、先の戦いでの傷がまだ癒えていない者までいる。その兵たちの合間を縫って、政宗も幸村に向かって歩いていく。ゆっくりとした足取りだったが、周囲の者は政宗の姿を見るとすぐに後ずさって道を開ける。その身に纏う蒼い光を目にしたからであろう。
 ある程度の距離まで近付くと、幸村も政宗に気が付いたらしい。
「政宗殿!」
 いかにも嬉しそうな表情で駆け寄ってくる。いつもどおり挨拶代わりと言わんばかりに斬りかかってきた幸村の槍を、政宗は刀一本で受け止める。そこでようやく、政宗の様子がいつもと違うことに気が付いたらしい。幸村の面から笑みが消え、怪訝そうな表情を作る。
「政宗殿?」
 不安げな声音で問う幸村の言葉には答えず、政宗は受け止めていた幸村の槍を弾き返す。僅かに体勢を崩した幸村を見て、刀を投げ捨てる。そうしてから政宗は、幸村の頬を容赦なくしたたかに殴り付けた。突然のことに受け身を取ることもできず、幸村は数尺向こうまで転がっていく。何とか起き上がったものの立つことはできないようで、その場に座り込んだまま動かない。たぶん体への衝撃より、精神的なものの方が大きいのだろう。そんな幸村を、政宗は無言のまま見下ろす。
「政宗殿、何故斯様なことを…」
 怒りとも悲しみともつかない声で、幸村は静かに問う。
「…はっきり言って、迷惑だ」
 爆発しそうになる怒りを抑えながら、政宗もまた静かに答える。だがその政宗の努力も空しく、幸村は政宗の言葉に反論する。
「某はただ、政宗殿と刃を交えたく…」
「それが迷惑だって言ってるんだろうが!うちは戦上がりで疲れきってるし、やらなきゃならねぇことも山程ある。この上アンタに攻め込まれたらたまったもんじゃねぇ!」
 政宗の気迫に、幸村は一瞬肩を震わせて俯く。政宗の怒るところは目にしたことがあっても、その矛先が幸村に向けられることは今までなかった。だからこそ、余計に堪えてしまったのだろう。幸村は項垂れたまま黙りこんでしまった。
 ひとしきり言いたいことを吐き出した政宗は、そんな幸村の様子に微かな罪悪感を抱く。戦いたいと思えば、甲斐と奥州との距離などものともせずに駆けつける。そんな直情的な幸村のことを気に入っていたはずなのに、余裕がなくなればその幸村の思いを無下にするようなことを言う。幸村にも非はあるだろうが、これではただの八つ当たりだ。政宗は決まり悪く頭を掻く。どうしたものかと悩んだ末、溜め息を漏らしつつ政宗は幸村に声を掛ける。
「真田、ついてこい」
 そう告げてさっさと歩き始めると、幸村もようやく立ち上がって政宗の後に従う。無言のまま門を抜け、屋敷の裏手へ回り、そこにある母屋よりも小さい建物に幸村を通してやる。
「うちの道場だ。アンタのところみたいに凝った仕掛けがあるわけじゃねぇ、普通の道場だがな」
 そう教えてやってから、不思議そうにあたりを見回す幸村に、木刀を二本、投げてよこす。幸村は違いなくそれを受け取るが、その意図が掴めずに僅かに眉を寄せて政宗の顔を見つめる。
「ここでなら相手をしてやってもいいぜ」
 そう言ってにやりと笑い、自らも木刀を一振り構えて幸村に対峙する。幸村は戸惑っているようであった。木刀を二槍に見立てて構えるが、その構えに隙が見える。
「…来ねぇのならこっちからいくぜ!」
 そう叫んで、政宗は幸村の胴を狙って踏み込む。どうやら政宗が本気で打ち合いをするつもりなのだろうと悟って、幸村は木刀でそれを受ける。弾き返し、政宗がよろけたところに幸村もまた打ち込もうとするが、政宗も器用にそれを受け止める。こうして打ち合ううちに、先までの強烈な苛立ちが消えていくことに政宗は気付く。悄気ていた幸村の顔にも、ようやく好戦的な笑みが浮かぶ。
 結局、いつもよりも少し長く打ち合った末に、政宗の得物を弾き飛ばした幸村が勝利を収めた。
「やれやれ、すっかり体が鈍っちまってるな」
「…政宗殿、申し訳ござらん」
 木刀を拾いに向かう政宗の背に、唐突に謝罪の言葉が投げ掛けられる。政宗は歩みを止め、肩越しに幸村の方へ振り向く。
「政宗殿と戦いたいばかりに、某は政宗殿のことを何も考えずに馳せてきてしまった。呆れられただろうか」
 不安げに揺れる幸村の瞳を見てしまっては、もはや責めることなどできはしなかった。この男は、いつでも真っ直ぐに政宗を求めている。その純粋さにほだされてしまったのだ。
「次からは突っ走って来る前に書状を寄越せ。全力で出迎えてやる」
 暗にもう怒ってはいないと告げると、幸村は安堵したように破顔する。その笑顔を見ると、八つ当たりをした自分が何やら恥ずかしくなる。同時に、あれほどの苛立ちが幸村と刃を交えるだけで解消されてしまったことに驚く。
 今度は万全の状態で幸村とやり合いたい。政宗は幸村からは見えないように笑みを漏らした。 

 
 陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆえに 乱れそめにし 我ならなくに