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真鯛のマリネ

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 「和食が食べたい」と、せっかく手によりをかけた料理のオードブルにフォークをさしながら言いやがるものだから、眉毛のスープには通常5倍の塩コショウをふりかけてやった、のに、味オンチの奴は「そばよりうどんが良い」なんて呟きつつなんの苦もなくスープを飲み干して、一流コックたる俺はなす術なしで次の魚料理に取り掛かるしかなかった。真鯛のマリネ。
 そもそもの原因はこの真鯛にある。眉毛が新鮮な赤をした鯛を手に、珍しくも俺の家にやってきたのが二時間前。ぎょろりとこちらをにらむ鯛の目についつい料理好きの心が動いて、持ってきた奴の不自然さなんて気をを払わず家に招き入れてしまった、のが失敗であった。俺が鯛を捌いてスープを煮込んで軽いコースを作っている間も、うちのソファに寝転がったりケータイをのぞいたり、手伝われては困るけれども手伝う気も見せないのもムカつくもので、あげく出来上がった料理を目の前に「和食が食べたい」、だ! 味オンチにも程がある!!
 こいつに食べさせるのは勿体無い出来のマリネをテーブルに並べる。眉毛の野郎はいつまで経っても上の空で、「寿司も良い」なんて言いやがる。まるで恋する乙女みたいな呆けっぷりで。俺はもう眉毛を無視して、活き活きした身に歯を立てる。うまい。自画自賛。だけどうまいのにこいつはのそのそ口に運びつつうまいのかうまくないのか、そばに寿司に天ぷら、和食のメニューを羅列づるばかりで素晴らしい料理に世辞の一つも言いやしない。なんだ、こいつは、俺がこいつを嫌いだと再確認させに来たのか。お望みなら眉毛の一本や二本抜いてやったって良いぞ。
「んな和食が良いなら菊ちゃんトコ行けよ」
 寿司なら俺も食べたいなぁ、と細っこい姿を思い出している、と。目の前の味オンチが眉毛まで赤くなっていた。真鯛もびっくりの赤さである。なんだ、なんだ、なんだ、恋でもしているようだとたとえたら、まるでその通りじゃないか!
作品名:真鯛のマリネ 作家名:m/枕木