おまえたちは何してるんだ。
保健室の扉をそっと開く。
わざと気付かれないように、そう……っと。
そのまま忍び足でクラスメイトの寝ているはずのベッドに近付こうとした。
眠っていたら黙って帰ろうと思って。
だが、カーテンを閉め切ったベッドの方から、人の話し声がする。
ひとりで寝ているはずのベッドから。
何やら様子がおかしい。
「ン……も、ダメ……」
妙にかすれてはいるが、クラスメイトの声だ。
「いいから脱げよ、もっと下まで……」
こちらも聞いたことがある声だが、ボソボソと低い声で話しているので、誰だかわからない。男だ、ということ以外は。
「ほら、持ちあげて……どうした? これじゃ入らないだろ……。つらいなら、口でするか……?」
「んん……やだ……」
クラスメイトの声がいつもとは違い、妙に弱々しく、しかも鼻にかかって甘えたような声になっている。
それに、男のやさしく、しかし強い調子の声が聞こえる。
「嫌じゃないだろ。ほら、開けって……」
「だめ……そんなの、無理。できない……」
「わかった。じゃあ、こっちだ。アンディ、入れるから、もっとこっちに体を……」
「痛ッ!!」
小さな悲鳴の主はやっぱりクラスメイト……アンディだ。
男の方は誰だ?
「素直に言うこと聞かないのが悪いんだぞ。力、入れんなよ。壊れるだろ……?」
「あ……自分でやるから、そんな奥まで入れないで……やめてってば」
何これ? 何これ!? どういうやり取り? どういう事? ええ? そういう事か! そういう事なのか!?
頭の中がぐるぐるする。答えがひとつしか出せないが、それを認めたくない。というわけで、めまいがするほどだ。
アンディが保健室で男と……?
まさか!!
くくっと男の低くおさえた笑い声がする。
「本当におまえここが駄目なんだな……。おとなしくしてればすぐによくなるさ。……もういいぜ。ほら……出せよ」
「ウォルター、まだダメッ……」
ぷっつんと脳内の何かが音を立てて切れた。
ガシャシャシャシャーッとカーテンを引きあける。
「何やってるんだ、てめえぇらぁぁぁあああっ!!」
バジルは思い切り怒鳴った。
「……え?」
「……は?」
ベッドに横になったアンディ。そのベッドの横の見舞い用の椅子に腰かけたウォルター。
その手には体温計。
……つ・ま・り。
入れるの入れないのは体温計(口に入れるか脇に入れるか)。
アンディが弱っているのは保健室が苦手だから。
おとなしくしていればすぐによくなるのは風邪。
最初の『脱げよ』も体温を脇で計るため。
『壊れる』のも体温計、『奥に入れないで』も体温計。
体・温・計!!
バジルは授業中に倒れたアンディを馬鹿にしに来た(一応は授業中に出された課題のプリントを渡しに来た)のだが。
そこで出くわしたこの光景。
あまりのことにカーテンをつかんだ手がぶるぶると震える。
「何しに来たの、バジル?」
アンディにしごく冷静に尋ねられ、バジルはぶちっとカーテンを引きちぎった。
「なんでもねぇ!!」
怒鳴りつけてふいっと背を向け、ズカズカと大股で歩いて保健室を去る。
アンディは課題のプリントをもらいそこねた。
(おしまい)
作品名:おまえたちは何してるんだ。 作家名:野村弥広