御狐様生活-弐
現在、俺は近場の本屋にいる。
(……なぜ、俺がこんな心配をしているんだろう)
手にした本の題名は「ヘルシーおいしい簡単料理」「豆腐でできる健康食」「老後の食生活」。もう、だいたい察した事だろう。そう、あのご老体に関するものだ。
そもそもあのご老体、もとい前世現在名ともに安倍晴明。齢八十近いはずにも関わらず、食生活は若年層そのもの。そもそも、作っているのが人間ではなく神将という点で、無理があるのだ。味付けが多少濃くたって、ちゃんとした味なら問題ないのだ。俺が食べる分には。
一応、俺は居候。家主には、少しでも健康でいてもらいたい。というか、いてもらわなければならない。ここで何かあっても、俺にはどうもできないどころか、路頭に迷う羽目にあう。
……だから、使いたくもない有り金を片手に、こんな場所にいるのだ。
(本当は参考書買いたいんだけどな…)
俺にだって、一応志望校なるものはある。そこそこ就職率もよく、そこそこのレベルの、大学。勿論、こんな現状でなくても、受かるのは至難の業である。
(本日の目的は、この三冊と参考書数冊……あと、駅前で求人一覧もらってこよう)
この先のことも考えて、アルバイトくらいはした方がいいだろう。俺にできるバイトがあるのかは分からない。だが、お金は大事だ。それは痛感している。
料理本三冊を抱えながら、参考書コーナーに足を運ぶ。制服を着た学生たちもちらほら見かけたが、知った顔はなかった。地域が違うのだから、当たり前か。
(あんまり高いのは嫌だけど、ケチってる場合でもないか)
自分に合った参考書を数冊見繕い、レジへと並ぶ。金額については考えないことにした。
◇◆◇◆
帰宅前に少し遠回り。無料配布用の求人一覧を貰う為である。
休日の昼間ということで、ちらほら人は見かけたが、邪魔に感じるほどではなかった。歩調を早め、一覧を手に取る。
ここで見ていても邪魔だろう。鞄にそれを仕舞い、そのまま帰宅しようと体の向きを変えた。
「わっ」
「!」
そこで、誰かと衝突した。どちらかというと、俺がぶつかられた方なわけだが、ぶつかってきた少年は盛大に転んでしまった。……こちらが加害者に見えなくもない。
「大丈夫か?」
このまま立ち去ってもよかったのだが、俺は少年に手を差し出した。学ランを来た彼は、「すみません」と断ってから、俺の手を取って立ちあがった。
(……嫌な予感がする)
ここのところ、前世の知り合いとの再会が立て続けにあったわけだが、少年からもそれを感じてしまった。本当に、なぜ手なんて貸してしまったのだろうか。
「ありがとうございま……」
ああ、ほら。少年の方も、何かに感づいたみたいだ。不躾だと思いながらも、こちらの様子を窺っているのがよく分かる。
俺の方にも、少年に対して心当たりがあった。そしてその心当たりが、彼と前世同様の関係ならば、少年がこの場にいてもおかしくないわけで……
「…孫?」
「孫言うな!!」
どうやら正解らしい。前世で雑鬼たちが噂していた通りである。正直、名前に関してはいまいち記憶になかったので、このフレーズはありがたい。
「あぁもう! まさか今世でも孫呼ばわりされるとは思わなかったよ! いや、孫なんだけどね? 合ってるんだけどね!?」
独り言の多い少年だ。文句があるのなら、名乗って訂正をすればいいと思うのだが。この様子の彼に言っても、無駄な気がした。
「ていうか! お前、凌壽だろ!!」
「騒ぎ過ぎだ、孫」
「だ、か、ら! 孫じゃない! 安倍昌浩!!」
もう一度言えば、先ほど以上に声を大きくして少年――昌浩は地団太を踏んだ。……もう少し、ボリュームを小さくしてほしいと思う。少し、いやかなり、俺たちは目立っている。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、昌浩は深呼吸を繰り返していた。どうやら、落ち着くことはできたらしい。
「……で、凌壽、ここらへんに住んでんの?」
「お前の祖父の家にな」
「はぁ!?」
「うるさい、静かにしろ」
再度、騒ぎ出しそうだった昌浩の口をふさぎ、事細やかに説明を始めた。さっさと居候先に帰りたいと思ったのは、ここだけの話である。
◇◆◇◆
後日、昼間。インターホンの音が響き渡った。
内線の受話器から対応すると、どうやら宅配便らしい。
「おい、配送だとよ」
自室にいた晴明に話しかけると、見事に青龍に睨まれた。いい加減、俺の方が慣れてきた。
「あぁ、取ってきてもらっても構わないかのぅ」
「別に、それくらいなら」
安倍の印鑑を受け取り、そのまま玄関へ向かう。途中、何人かの神将とすれ違った。
本当に人口密度の高い家だ。普段、異界にいる彼らが降りてきたら、余計に思うのだろう。
ドアを開けると、サングラスをかけた配送のおじさんがいた。接客業でそれはどうかと思う。
「どうも、安倍晴明様への荷物です」
「あぁ、どーも」
ダンボールを受け取り、受領印を押す。そしてそのまま家の中へ入ろうとした所で、袖口を引っ張られた。
「あ?」
「おい、気づかねぇのか? 鈍くなったもんだな」
「は? 何が……」
あろうことか、配送の彼は利用客に嫌味を言ってきた。どうかと思う、レベルを超えている。
「凌壽」
「! まさ、か……」
帽子を取ると、よく光るスキンヘッド。サングラスを外せば、どこかで見たあの顔。
「丞按!!?」
二度目の再開は意外と早かった。