わるいくせ
「おい、長太郎。お前、このあと暇か?」
「特に予定はないですけど、何かあるんですか?」
「新しいグリップテープ買いに行きてーんだけど、暇なら付き合えよ」
「はい! 急いで着替えるんで、少しだけ待っててください!」
「おー。じゃ、俺はここで待ってるわ」
「了解です!」
部屋のソファにどさりとバッグを置いて座った宍戸に笑顔で答えると、鳳は急いでロッカールームへと向かった。
すると今度は、ロッカールームの扉を開いたところで、向日と忍足が並んで出てきたところに出くわした。急いでいた鳳は、危うく向日にぶつかりそうになって、慌てて足を止めた。
「す、すみません!」
「いや、別にいーけど……。お前、何か急いでんの?」
怪訝そうにこちらを見上げる向日に、鳳は頭の後ろをかきながら苦笑する。
「えーと、向こうで宍戸さんをお待たせしていて……」
「宍戸ぉ? 何だよ、お前、相変わらずべったりだな〜」
「べったりって……、そんなことは……」
向日の呆れたような物言いに、鳳はそわそわしながら、言葉を詰まらせる。
意識しないようにと心の中で言い聞かせながらも、傍らで何も言わずに穏やかに微笑んでいるだけの、その人の視線が気になってしかたない。
ご自慢のポーカーフェイスで隠しているのか、それとも、本当に何とも思っていないのか。
しかし残念ながら、彼の相棒がそんな鳳の心情を慮ってくれる気配は微塵もない。
「だってよー。部活でもそれ以外でも、お前ら何だかんだで一緒にいること多いじゃん」
「そ、そうですかね?」
「絶対そうだって! なあ、侑士。お前もそう思うだろ?」
そう言って、傍らを見上げる向日に、鳳は思わず悲鳴を上げそうになる。
忍足はチラリと横目で鳳を見たあと、いつも以上に捉え所のない笑みを口許に浮かべた。
「そうやなあ……。まあ、しゃあないやろ。宍戸は特別やんな」
忍足のその台詞を、向日はおそらく、ダブルスで組んでいたパートナーで、一緒に特訓をしていた仲だから、というような意味で取ったのだろう。まあなあ、と納得するような反応を示した。
それで向日は鳳に対する興味を失ったのか、じゃあな、と鳳の横をすり抜けていく。向日に続いて素知らぬ顔で行き過ぎようとする忍足に、さすがに鳳もじっとしていられず、半ば反射で手を伸ばした。
二の腕を掴まれた忍足が足を止めて振り返り、じっとこちらの言葉を待っている視線に気づき、我に返った鳳は、ぶわっと顔が熱くなるのを自覚する。
「あ……、あの、忍足さんっ」
掴んだ腕を少しだけ引き寄せるようにして、耳元に顔を寄せる。
そして、他の誰にも聞こえないように、そっと声をひそめて囁く。
「―――忍足さんも、特別、ですから」
言ってしまった直後、至近距離で視線がぶつかり、ガラス越しで少し大きく見える黒い瞳に、鳳はどうしていいのかわからず、目を伏せる。
すると彼は、ゆったりとした低い声で、不意打ちのように鳳の耳元で囁き返した。
「特別って、どういう風に……?」
確信犯だとわかっているのに、間近の吐息に、全身の熱が上がる。
最初から、抗う術など自分には残されていない。
だから鳳は観念して、彼が望む答えを、再び彼の耳元で囁く。
かすかに笑った彼の気配に、鳳は火照った顔で俯きながら、今ここでキスでもすれば意趣返しができるのだろうかと埒もないことを考えた。