後朝の朝に見る夢は
宗像形は、夢を見ていた。
それは、年が10代の後半くらいになるであろう少年(いや?青年か?)二人が、4畳半のどこか懐かしい部屋の中で話し合っている夢だった。
(何なんだ?この、夢は)
(まるで、自分が経験した記憶を思い出すように懐かしい。)
しかし、それはとても奇妙な話だった。なぜなら、その二人とは形は会ったこともないはず――とくに、顔面に刺青を入れるような人間なんて知り合いにはいないのだから。
「だけどね、零崎ぼくは……」
(ゼロザキ?変わった苗字だ。)
「突然すぎるぜ、いーたん」
(あだな?なのか。えれ?でも、なんだろう?なんだかこの呼び方はモヤモヤする。)
まるで、不名誉なあだ名で呼ばれているようなイラつきと、その名を呼ばれたことに対する微かな幸福感。
(あれ?おかしいな。これは……)
それには、覚えがあった。そう、人吉善吉と初めて出会い、戦ったあの時に似ていた。そして、その戦闘後に、友達として名前を呼ばれた瞬間にも。
(これは、この二人は―――だれだ?)
やがて、二人の距離がだんだんと近づいていき、互いの額が軽くぶつかる。
「ねぇ、零崎」
「なんだ?いーたん」
「ぼくたちは、鏡だよね?」
(あ、)
「そうだな。鏡だ。で、水面の向こう側でもある。」
「……あのさ、零崎」
(やめろ、その先は言うな)
「ん?」
(聞きたくないっ!)
「ぼくを、置いて逝ったりしないでね?」
だが、形の願いはむなしく『いーたん』と『零崎』は話を進めてしまう。
「かはは!なんだよ、ソレ」
「夢を見たんだ。お前が、ぼくより先に死んでしまう夢を。」
(……ああ、この話を自分は、知っている)
「……。」
そして、零崎と呼ばれた刺青の少年は少し固まったあと、いーたんと呼んでいる少年を労わるような仕草で抱きしめる、それに甘えるようにいーたんも力なく抱きしめ返す。
(彼の体温を知っている。)
「零崎。」
「いーたん。」
「ごめん。」
「やっぱ、バレちまうんだな。かはは、本当に傑作だ。」
(その特徴的な笑い方も、口癖も)
二人はしばし、その状態のまま無言でいたが、おもむろにいーたんが口を開く。
「ねぇ、一つだけいいかな?」
「あぁ、」
「零崎、お前に呪いを掛けても、いいか?」
「……。」
「首切り、首吊りとか、首絞めや、生き埋め、ショック死、心臓発作、孤独死、窒息死、事故死、腹上死、刺殺、撲殺、圧死、轢死、溺死、失血死、焼死、餓死、病死、爆死、自殺、毒死、心中、寿命だろうと、ぼくは―――君を殺すものが許せない。」
(そう。)
「いーたん?」
「だから、呪いを掛けたいんだ。そう、誰かにお前を奪われてしまうくらいなら僕がお前を殺してあげる。」
「おいおい、どーしたよ?『なにがあっても、人を殺す奴は最低だ』とか、いってたお前はどこ行った?」
「巫山戯るな。ぼくは、本気だ。本気でお前を殺す。」
(そうだ。)
抱き締めあったときに外れてしまった視線を再び合わせて、互いの瞳の中の自分を見つめ合う。その瞳自体が潤んでいたせいなのか、それとも自分の瞳が潤んでいたのか、見えた姿はぼんやりとして歪だった。
「そっか、いいぜ?丁度、俺もお前に殺されたかったんだ。」
「それは良かった。」
(胸が痛くなるくらいに、懐かしくて)
「嬉しいよ。」
「さて、お名前をどうぞ?欠陥製品」
「愛していたよ、いや、これからもずっと愛してる。ぼく、×××××は、人間失格で鏡で代替可能な水面の向こう側のお前――零崎人識をずっと。」
その言葉をいーたんが言い終わるが早いか、零崎の鼓動の音が徐々に弱くなっていく。しかし、それを悟っているだろう零崎本人は穏やかな顔だった。
「おやすみ、零崎」
(これは、確かに自分だったモノ。人間になりたがっていた欠陥製品だ。そして、あの零崎は……)
きし、
鳥が鳴くような、甲高い音が聞こえて、形は目が覚めた。
「ぜんきち、くん。」
目を開いて、すぐに見えた人物に声をかける。
すると、声をかけられた人物―――人吉善吉はこちらに向けていた白い背中を反転させて振り返る。
「ど、どうしたんだっ!?先輩」
「ぜんきちくん、ぜんきちくん」
形は鉛のように思い体を這わせるように動かし、善吉に抱きつく。
(やっぱりだ)
「なにか、怖い夢でも見た?」
「……。」
「大丈夫っすよ、これからは、ずっと一緒だから。」
「ん、ありがとう。」
(ながいながい、夢を見た。)
(その夢の中で、僕はぼくでないぼくらを見た)
(その時に気付いたんだ。)
(ぼくが、人を殺したかった理由と、どうして君を求めるかも)
夢から覚めたあとに形が触れた善吉の体温は、夢の中で触れた零崎のそれと零崎と同じだった。