二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

虫籠

INDEX|1ページ/1ページ|

 
長屋に戻ってきた八左ヱ門の手に小さな竹籠が下がっていた。
「遅かったね」
雷蔵が出迎えると、「ちょっと」と曖昧に返事をする。
 どこを歩いてきたのか、髪には落ち葉や蜘蛛の巣が絡み付き、体は土に汚れていた。
「汚いな」
眉を潜め呟いた三郎に、八左ヱ門は気にした様子もなく「裏山まで行ってきた」と言う。
「それは良いが、部屋に入る前に風呂に入ってこいよ」
「じゃあ、これを預かってくれ」
八左ヱ門がぐいと差し出してきた竹籠の中を三郎がじっと覗き込んだ。
 夕闇の中では籠の中でかさかさと蠢いているその正体が良く見えない。
 なかなか受け取ろうとしない三郎の横から竹籠を覗き込んだ雷蔵の手に、八左ヱ門が竹籠を押し付ける。思わず受け取ってしまい、「まさか毒虫じゃないよね」と確認すると、「そのうちに分かる」と笑われた。
 そうは言われても正体の知れないものを部屋に入れるのは抵抗があり、回廊の端にそっと竹籠を下ろした。虫がかさかさと動き回る音が廊下に小さく響く。
「…ちゃんと綺麗にしてこいよ」
八左ヱ門の髪を撫でるようにして掴み取った蜘蛛の巣を丸めて捨てながら、三郎が呆れたように言った。うんと頷いて、八左ヱ門が風呂へ向かっていく後ろ姿を見送る。その背中が見えなくなったところで、雷蔵は竹籠を振り返った。
「…なんだろうね」
首を傾げ雷蔵が訊けば、三郎は呆れたように「餌じゃないか?」と言う。
「孫兵の蛙にやる餌とか…。何にせよ、あまり嬉しいものではないだろうな」
二人とも八左ヱ門には過去何回も毒虫のことで迷惑を掛けられている。何故か部屋に持ち帰ってきた毒虫の籠を夜中に蹴り倒して逃がし、皆で朝まで寝ずに探したこともある。八左ヱ門が毒虫の入った壷を豆の入った壷の隣にうっかり置いた所為で、勘右衛門が誤って手を入れ、あわや大惨事になりかけたこともあった。
「そのうちに分かる、とか言ってたな。放っておこう」
溜息を吐いて三郎が部屋に入る。文机に置いてある読みかけの本に向かった三郎の背に、背を合わせるようにして、雷蔵も腰を下ろした。
 開け放した戸から爽やかな秋の風が吹いている。
 そういえばそろそろ十五夜だな、と夜空に浮かぶ白い月を見ていると、しんとした空気の中に、リ…と澄んだ鳴き声が聞こえてきた。
 三郎がぐるりと首を巡らせて、回廊に置いてある竹籠を見た。
 リ、リ、リ…。
 高い鳴き声がそっと空気を震わせている。
「………なんだ」
雷蔵は思わず呟いて、笑った。
 毒虫なんかじゃないじゃないか。
「…鈴虫だな」
三郎も笑っていた。
「八左ヱ門のやつ…洒落たことするじゃないか」
きっと委員会の途中で鳴き声を聞いて、皆にも聞かせてやろうと思いついたに違いない。
 そういえば、夏に蛍を捕まえてきたこともあった。
 竹籠に二匹、ぼんやりと浮かび上がる光を皆で見たっけ…。
 同じことを思っていたらしい三郎と顔を見合わせる。
 リーンリーン、と澄んだ声で鈴虫が鳴く。
「全く、八左ヱ門らしいね」
呟くとじわっと胸が温かくなる。思わず心臓の上を押さえた雷蔵の肩を抱いて、三郎が笑った。
 虫の音に誘われるように隣の部屋の戸が開き、勘右衛門と兵助が顔を覗かせる。
「鈴虫か」
「八左ヱ門が掴まえてきた」
勘右衛門と兵助が顔を見合わせて笑う。
「じゃあ、おばちゃんに団子を作ってもらって」
「月見をしよう」
そうと決まれば団子だお茶だ、いや酒だろうと話していると、八左ヱ門が風呂から戻ってきた。四人が集まっているのを見て、どうだというように得意気な顔をするので、雷蔵は笑う。八左ヱ門が皆の輪の中に飛び込んできて、四人の肩をぎゅうと抱き締めた。
 暑苦しいと三郎が文句を言う。痛いと勘右衛門が笑い、兵助が八左ヱ門を抱きとめる。皆の手にもみくちゃにされながら、幸せだな、と雷蔵は思った。
作品名:虫籠 作家名:aocrot