放課後の河原
ワアと聞こえてくるのは、サッカーをしている小学生の声だ。対岸では高校生のカップルが仲良く夕日に染まっている。陽の下で手を繋ぐことの出来る二人をじっと見つめていると、八左ヱ門が「あーあ」と溜息を吐いて、ごろりと寝転んだ。
乾いた芝生と土の匂いがして、見れば「兵助も」と手招きされる。
「気持ちいいぞ」
そう言って笑うので、同じように寝転び夕焼け空を見上げた。
眩しそうに空を見ていた八左ヱ門がふと何かに気付いたように顔を傾ける。逸らされた首筋は綺麗に日に焼けていた。室内で過ごすことの多い自分とは違い、八左ヱ門はいつも外を走り回っている。夏になれば健康的な小麦色になる肌を見るのが好きだった。
「どうしたんだ。虫でもいたのか」
柔らかな耳朶を見つめ訊けば、八左ヱ門は芝生の中から何かを摘み上げて見せる。その指先には少し葉の欠けたクローバーがあった。
「俺、一度も四葉のやつ見つけたことないんだよなぁ…」
三葉のそれを夕日に翳しながら、八左ヱ門が小さく笑った。
「…四葉しか生えないクローバー、駅前の花屋で売ってたよ」
そう言うと、八左ヱ門が兵助を振り向く。真っ直ぐに見つめられて、「買ってあげようか」と言ってしまったのは、対岸の二人に当てられて彼氏面をしたかったからかも知れない。
途端に八左ヱ門が吹き出して、兵助の顔目掛け、クローバーを弾き飛ばしてきた。
「そんなものいらない」
「…どうして」
「全部四葉なら手に入れる意味ないじゃんか」
「……それも、そうだな」
頬に落ちたクローバーを拾い上げ、見る。鮮やかな緑色の向こうに広がる赤い空を、川鵜が悠々と羽根を広げて飛んでいく。
「いつか見つけたら兵助にやるよ」
「どうして。もったいない。八左ヱ門が持ってれば良いじゃないか」
言い返した兵助の頬に八左ヱ門の手が触れた。手の甲で肌をそっと押すようになでて離れていく温もり。それを追いかけるようにして八左ヱ門の顔を見れば、兵助を見つめていた真っ直ぐな視線と、視線がぶつかった。
川面を風が走っていく。二人が寝転んでいる土手の上を、自転車に乗った親子が夕焼け小焼けを歌いながら走っていった。
二人の体の間に、無造作に投げ出された手が、指先が触れる。八左ヱ門の小指に、そっと指を重ねてみた。八左ヱ門がにっと笑って、兵助の手を強く握ってくる。
熱い指、少し汗をかいた手の平を、兵助はそっと指を折って握り返した。
自分からそうしてきたくせに、八左ヱ門が照れたような顔をするので笑う。頬が赤くなったように見えるのはきっと、夕日のせいだけではないだろう。
「好きだよ、八左ヱ門」
風の音に消されてしまいそうな声で囁く。八左ヱ門がごろりと転がって、兵助の方へ身体ごと近付いてきた。八左ヱ門の身体に押しつぶされた草から青い匂いが柔らかく立ち上って、風に吹かれていく。
「俺も、兵助が好きだ」
八左ヱ門がそう言って、目を細め嬉しそうに笑った。