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擦れ違う

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暑い、と八左ヱ門が言った。八左ヱ門が部屋に来てからもう何度目になるだろう。唸るようなその声に、兵助は筆を置いて、八左ヱ門を振り返った。
「そんなに暑いなら、池にでも入ってくればいいじゃないか」
そう言った兵助を、八左ヱ門は板張りの床に張り付くように寝そべりながら見上げた。
「そうしたいのはやまやまなんだが、この暑さで池の藻がすごいことになっててな。泳ぐどころじゃないんだ」
「それを掃除するのは生物委員会の仕事じゃないのか?」
「簡単に言うな。あれは大変なんだぞ」
取っても取ってもすぐに増えるし、藻を食べる魚を取ってこなければいけないんだ、と八左ヱ門が偉そうに言った。
 それならば尚更早い掃除が必要なのではと思うが、言ったところで言い返されるのが分かっていたので、黙る。
 八左ヱ門がごろりと寝返りを打って、仰向けになった。
「取った藻を乾燥させて菜園の肥料に出来ないかと考えてるんだ。雷蔵が調べてくれると言ってた」
「人任せにしないで図書室にでも行ってきたらどうだ」
呆れて言うと、八左ヱ門が首を逸らして兵助を見る。逆さまの顔がじっと兵助を睨んだ。兵助も頬杖をついて、八左ヱ門の顔を見る。
 珍しいな、と思う。
 いつもならば兵助が勉強をしている時に邪魔をするような八左ヱ門ではない。一緒に勉強しようとは言わないが、邪魔をしないようにと一度どこかに出ていって、兵助の勉強が終わる頃合を見計らって戻ってくる。
 それが今日は部屋を出ていこうともしないで、兵助の気を引くようなことを繰り返している。
「何かあったのか」
そう訊くと、「なんで」と訊き返された。
「質問をしているのは俺の方だよ、八左ヱ門」
溜息混じりに言う。八左ヱ門が起き上がって、胡坐をかいた。拗ねたような顔をして、兵助と同じように頬杖をつく。
「昨日」
ぽつりと八左ヱ門が呟いた。続きを待って顔を見るが、八左ヱ門はそれきり口をへの字に曲げて黙ってしまう。
 昨日…。
 兵助は微かに首を傾げた。
 昨日は確か…火薬庫の出庫伝票を見せて欲しいと潮江先輩に言われて朝から火薬庫に篭っていた。出庫伝票の確認は昼過ぎまでかかり、その後ついでだからと倉庫の整理と掃除をして、三郎次と伊助に団子を奢ってやって…部屋に戻った時には日が暮れていた。
 そんなことを思い出していると、八左ヱ門が急に手を振り上げ、バンと床を叩いた。その勢いで立ち上がり、兵助を見下ろして「もう、いい」と怒ったように言う。そうして足音も荒く部屋を出て行ってしまった。すぐに、八左ヱ門の部屋の戸が乱暴に閉まる音が聞こえてくる。
 何を怒ってるんだ、と溜息を吐いたところで、三郎が顔を出した。
「兵助、八左ヱ門を怒らせるな。面倒臭い」
三郎はそんなことを言って、入って良いかと部屋に上がり先程まで八左ヱ門が寝転んでいた場所へと腰を下ろした。
「怒らせたんじゃない。八左ヱ門が勝手に怒って出ていってしまったんだ」
説明をすれば、三郎は肩を竦めて「違う違う」と言う。
「兵助が約束を忘れてるからだろう」
「約束?」
「八左ヱ門と、次の休みに一緒に町へ行く約束をしていただろう。昨日ずっと待ってたからな、八左ヱ門の奴」
そう言われ、五日程前八左ヱ門が何か買いたいものがあると言うので、次の休みに付き合おうかと言ったことを急に思い出した。八左ヱ門は「良いのか?ありがとう」と嬉しそうに笑っていた。
「ああ」
開いた口から間の抜けた声が出た。三郎が呆れたように「ああ、じゃないだろう」と呟く。
 雷蔵と三郎が付き合おうかと言うのに、八左ヱ門は兵助と行くからと断ったのだという。そうして折角の休みを兵助が帰ってくるのを待って過ごしたのだろう。
「それならば火薬庫に呼びにきてくれたらよかったのに」
「邪魔するのは悪いと思ったんだろう。八左ヱ門はあれでいて真面目だから」
昨日の夕飯も、今朝の朝飯の時も八左ヱ門は普通にしていたから…そういえば雷蔵は少し不機嫌そうにしていたけれど…それにしても、一言言ってくれたら謝ることも出来たのに。
 普段は言いたいことを言うくせに、変なところで気を遣うんだ、八左ヱ門の奴…。
「言っておくが、お前が八左ヱ門を放っておくから、雷蔵も怒ってるぞ」
迷惑だ、と三郎が溜息を吐く。私も怒っているからな、と続けた言葉を、手の平で制して黙らせる。
「分かった。すまん。雷蔵にも後で謝っておく」
とにかく、八左ヱ門に謝らなければ。
 立ち上がり、部屋を出る。八左ヱ門の部屋の戸は固く閉ざされていた。八左ヱ門、と名前を呼んでトンと戸を叩いてみたが、返事が無い。
「入るぞ」
そっと戸を開けた。薄暗い部屋の隅で、八左ヱ門が背中を向け寝転んでいるのが見える。近付いていって、その傍らに座った。
 くしゃくしゃに丸められ放り投げられた紙が目に入り拾い上げて見ると、外出許可証だった。
 溜息を吐く。
 兵助が入ってきたことに気付いているはずなのに、じっとして動かない八左ヱ門の肩を撫でた。
「八左ヱ門、約束を破って悪かった」
謝ると、「全然覚えてなかったんだな」と低い声で詰られた。
 委員会活動で忙しくて、とか、八左ヱ門が言ってくれれば、とか言えることはたくさんあった。けれどそのどれも言い逃れでしかなくて。
 兵助は息を吐いて、八左ヱ門の身体を背中から抱き締めた。
「ごめん」
許してくれと耳元に囁く。嫌だというように八左ヱ門が首を振る。日に焼けた髪が兵助の頬を撫でた。
「…池に行けとか、図書室に行けとか言って、俺のことを追い出そうとしただろう」
拗ねたような声がぼそりと聞こえてくる。
「昨日ずっと待ってたんだ。委員会が終わったら戻ってくると思って。いつ戻ってくるか分からなかったから昼も食べ損ねたし、戻ってきたと思ったらお前は団子片手に勘右衛門と楽しそうにしてるし」
夕飯の時も、と続く八左ヱ門の文句を聞きながら、「ごめん、俺が悪かった」と繰り返す。
 やがて、八左ヱ門はふと黙り込むと、兵助の手に触れた。熱い指が八左ヱ門を抱いている兵助の腕を掴む。
「…本当に悪かったって思ってるか?」
「ああ。思ってる」
許しを請うように、八左ヱ門の髪に口付けた。八左ヱ門は仕方ないというように大袈裟な溜息を吐くと、兵助の腕の中で身体を反転させ振り向いた。
 少し泣いたのかも知れない。目尻が赤くなっている。そこに唇を寄せると瞼を落とした八左ヱ門に口付ける。触れるだけの口付けの後、八左ヱ門がまだどこか拗ねているような口調で、「一緒に刀の下げ緒を選んでくれ」と言った。
「下げ緒が欲しかったのか」
「今使ってる奴がもう駄目なんだ」
今にも切れてしまいそうで、と八左ヱ門は言う。
「分かった」
兵助は頷いて、八左ヱ門にもう一度口付けると、身体を起こした。立ち上がり、八左ヱ門の手を引っ張って起こす。
「今から行こう。外出許可証を取ってくるから」
用意をしておいてくれ、と言った兵助に、八左ヱ門が笑った。嬉しそうに、唇を綻ばせて。
 ああ、やっと笑った。
 大好きなその表情に、兵助は小さく笑いながら「悲しませてごめん」と告げた。
「好きだよ、八左ヱ門」
作品名:擦れ違う 作家名:aocrot