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独占欲

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「竹谷くんの髪は固くて癖があるから、手入れが大変だね」
器用に鋏を操りながら、タカ丸が歌うようにそう言った。ぱさりぱさりと柔らかな音を立て、八左ヱ門の髪が床に敷かれた風呂敷の上へと落ちていく。
「…あんまり短くしないでくれよ」
頬杖をついて、八左ヱ門が拗ねたように言う。
「うーん、でもだいぶ痛んでるからなぁ」
タカ丸は首を傾げて、八左ヱ門の髪を櫛で梳いた。長い指が八左ヱ門の耳朶に触れ、髪を集めていく。頬に、項に触れるタカ丸の指に、八左ヱ門が擽ったそうに首を竦めた。
「これくらいは切らないとかな」
タカ丸の手が八左ヱ門の髪を掴んで見せる。
 日に焼けて痛んだ八左ヱ門の髪を、三郎が毛先が竹箒のようだなと笑い、自分だって箒のような頭をしてと応酬した八左ヱ門の横で、悪かったねと雷蔵が応えたのは昨夜のことだった。三郎はもちろん雷蔵の姿をしていて、八左ヱ門は「違う、雷蔵のことじゃなくて」と言い掛けた言葉を途中で飲み込んで「ごめん」と謝った。それを見て勘右衛門は笑っていたが、八左ヱ門は気にしていたらしく、長屋に戻る途中、そんなに痛んでいるかなと兵助に呟いた。
 それならばタカ丸さんに切ってもらえばいい、と火薬委員会の部屋に連れてきたのは良いが、八左ヱ門はあまり乗り気ではなく、鋏が入る度に不安気に鏡を覗き込んでいる。
「本当は一度丸坊主にしてから伸ばすのが良いんだけど」
タカ丸が笑いながら言った言葉に、八左ヱ門が「冗談だろ」と声を上げた。
「あはは。それはしないから、安心していいよ」
ぱさりぱさり。八左ヱ門の髪が短くなっていく。
「兵助」
二人の後ろ姿を見ていると、不意に名前を呼ばれ、兵助は八左ヱ門の傍らに行った。
「待っていなくていいぞ。終わったら勝手に帰るから」
「いいよ。今日はもう暇だから、一緒に帰ろう」
首を振ってそう言った兵助に、八左ヱ門は不思議そうな顔をして「そうか?」と言った。
「すぐに終わるよ」
タカ丸が八左ヱ門の髪を櫛で梳きながら言う。腰の辺りまであった八左ヱ門の髪は背中を半分覆うほどの長さになっていた。 タカ丸が髪油を取り出し、八左ヱ門の髪につけた。油の匂いが微かに香り、八左ヱ門が息を吸い込んで「タカ丸さんの匂いか」と笑った。
「ぼくの匂い?」
「たまにするから、何の匂いかと思ってたんだ」
「ふうん、そっか。今度から気をつけないと。忍者は無臭でないといけないんだろ」
困ったようにタカ丸が言い、八左ヱ門が笑う。
「竹谷くんはお日様と土の匂いがする」
「さっきまで菜園の手入れをしてたからだな」
髪を弄ろうとした八左ヱ門の手をタカ丸がやんわりと掴んで下ろさせる。
「ぼくは竹谷くんの匂い、大好きだな」
タカ丸はそう言って笑うと、八左ヱ門の髪を丁寧に結い上げた。元結できつく縛り、「おしまい」とタカ丸の手が離れると、短くなった八左ヱ門の髪が柔らかく背に落ちた。
「ありがとう。助かった」
「いえいえ。じゃあぼくは先に戻るよ」
髪結いの道具を仕舞い、タカ丸は部屋を出て行った。
 八左ヱ門は髪が気になるのか、何度も鏡を覗き込んで長さを確認している。八左ヱ門が頭を傾ける度、匂う髪油の香り。
「兵助、どうだ」
自分ではどうも長さが分からないらしく、そう言いながら振り返った八左ヱ門の髪を兵助は掴んだ。いつもの乾いた手触りとは違う、油を吸ってしなやかになったそれを引っ張る。
「兵助?」
八左ヱ門の腕が抗うように上がる。兵助がその体を抱き締めると、八左ヱ門は戸惑ったように兵助の背を抱いたが、支えきれなかったように背中から床に倒れていった。
「なんだ、急に…」
少し怒った声を出した唇に、唇を押し当てる。かさついた下唇に歯を立てて食んだ兵助に、八左ヱ門がくぐもった声を上げた。開いた唇の中へ舌を押し込み、八左ヱ門の舌を執拗に舐める。綺麗な歯列を舐り、ようやく唇を離すと、八左ヱ門が目尻を赤く染めて濡れた唇をぐいと拭った。兵助はその目尻にも唇を押し付けると、八左ヱ門の体をぎゅうと抱き締めた。
「八左ヱ門が触られているのを見たら、腹にきてしまった」
タカ丸が触れた髪、頬に項に耳朶。それに、手。自分以外の人間がそれに触れているとそう思っただけで、ひどく苛立った。
 自分はこんなに独占欲の強い人間だっただろうか。
 それでもまだ、それだけならば黙って我慢出来たのに。
「タカ丸さんの匂いなんて、どこで知ったんだ」
そんなに親しかったなんて知らなかったな、と言った兵助に、八左ヱ門が呆れたように笑った。
 肩口に押し付けられた兵助の頭を宥めるように抱く手の平。それが、先程の仕返しとばかりに兵助の髪を掴んで引っ張った。顔を上げれば、八左ヱ門が目を細めて笑いながら、兵助を見ていた。
「お前だろ」
「………」
「委員会から帰ってきたばっかの兵助から、たまに匂ってるんだ。火薬の匂いに混じって…何の匂いなんだろうってずっと思ってた」
やっと謎が解けた、と呟いて八左ヱ門は兵助の髪に唇を付けた。
「いつもタカ丸さんの匂いが移るくらい、傍にいるんだな」
八左ヱ門がぽつりと呟いた。どういう意味か分からず、八左ヱ門の顔を見れば、拗ねたような顔をしていた。
「八左ヱ門」
名前を呼ぶと、視線を逸らしていく。二度、言葉も無く開いた唇が、短く溜息を吐いた。
「…嫉妬してるのは、お前だけじゃないんだからな」
ぶっきらぼうにそう告げると、八左ヱ門は顔を逸らしていってしまう。その頬や首筋がざっと赤く染まるのを見て、兵助は八左ヱ門を振り向かせ、額にそっと唇を押し付けた。八左ヱ門が固く目を閉じる仕草が口付けを強請っているように見えて、少し笑いながら、唇を奪う。鼻に、顎に唇を押し当てて、首筋に顔を埋めると、日向の匂いがした。
 八左ヱ門の匂いだ。
 この匂いも、八左ヱ門の何もかも全てを誰にも触れさせたくない。大好きだなんて、そんな言葉をもう誰にも言わせないで欲しい。
「八左ヱ門を好きになるのは俺だけでいいよ」
囁いた兵助に、八左ヱ門が声を上げて笑う。それから、小さな声で「俺が好きなのは兵助だけだ」と告げた。
「だから兵助も俺だけを好きでいてくれ…」
作品名:独占欲 作家名:aocrot