秋晴れ
自分の背よりも高く育った尾花を一房刈り取り、八左ヱ門は疲れた腰を伸ばして長く息を吐いた。
刈り取った尾花は牛の餌や厩の敷き草となる。柔らかに摘みあがった尾花の山を見て、「もうちょっとかな」と呟く。
「せんぱーい、これは刈り取っても良いですか?」
秋晴れの空に三治郎の声が響く。ちょっと待ってくれと走っていけば、菜園の脇に生えた女郎花に虎若が鎌を入れようとしていた。
「待て待て、それは女郎花だ。刈り取ったら保健委員長が泣くぞ。お前達、秋の七草くらい覚えておけよ」
虎若の手を止めさせ、八左ヱ門は二人に手を見せる。
「萩の花尾花葛花撫子の花女郎花また藤袴朝顔の花」
指折りながら教えてやると、朝顔は夏の花ですよ、と虎若が言う。八左ヱ門は笑って「ここでいう朝顔というのは桔梗の花のことだよ」と応えた。
八左ヱ門の頭上を烏が一羽、横切っていく。カァカァと鳴くその声に、八左ヱ門は大きく伸びをした。
近くにあった柿の木から熟れた実をふたつもぎり、三治郎と虎若の手にひとつずつ握らせる。
「今日はもう終わりにしていいぞ」
そう言って二人を菜園から送り出す。柿を食べながら歩いていくその背中を見送って、八左ヱ門はまた尾花の刈り取りを始めた。
もう少しやったら、厩と牛舎に運んで…それから、鶏に餌をやりに行って…。
手を動かしながら、やらなければならないことを確認していると、「八左ヱ門」と呼ばれる。顔をあげれば、菜園の門から三郎が顔を出していた。相変わらず、雷蔵の顔を借りている。
「そこで虎若達と擦れ違ったら、まだお前がここにいるって言うからさ」
「良いところへ来た。手伝ってくれ」
手招きをして言うと、三郎は「柿をくれるなら良いぞ」と笑って菜園に入ってきた。
「生物委員会は下級生ばかりで大変だな」
「いや、でも皆良く手伝ってくれるから助かってるよ。最近は孫兵の虫達にも慣れてきたみたいだ」
「あはは。それは良い」
ぽつぽつと話をしながら、作業を進めていく。
元々器用な三郎は手際も良く、刈り取られた尾花の山がどんどん高くなっていく。これ以上やると運ぶのが大変だ、と八左ヱ門は「そろそろ良いだろう」と立ち上がった。
あとは尾花を紐で束ねて運ぶだけだ。
木の枝に掛けてあった紐を取ろうとしたその時、腕を掴まれた。
「八左ヱ門」
三郎の、少しからかうような声の後、後ろにぐいと引かれて、背中から尾花の山に倒れこむ。膨らんだ穂がふわりと頬を撫で、沈んだ身体が積み上げられた尾花に柔らかく押し返されて弾んだ。
「…三郎」
呆れて名前を呼べば、三郎も八左ヱ門の横へ寝転んでくる。ゆらりと揺れる視界の中で、三郎が笑った。笑いながら、気持ちが良さそうだったからとそんなことを言うので、叱れなくなる。
確かに、刈り取ったばかりの尾花の上は柔らかく、心地が良かった。
まぁ良いかと手足を広げて、空を見上げる。群れを作って飛び回る小さな羽虫と、悠々と視界を横切っていく蜻蛉の影。昼を過ぎ傾いていく太陽の光が色濃く、金色に輝いている。
「秋だなぁ」
そう呟くと、三郎が笑った気配がして、投げ出した手に、少し冷たい手の平が重なってきた。指を折って、それを握る。八左ヱ門がそうすると思わなかったのか、三郎の手が少しぎこちなく手を握り返してきたので、笑う。
自分から踏み込むのは平気なくせに。踏み込まれると、嫌なんだよな…。
三郎は不思議だ。もうずっと、子供の頃から一緒にいて、まだ分からないところがある。
好きだと言い合って、口付けも交わしているのに…。
顔を巡らせ、空を見ている三郎の横顔をじっと見つめる。八左ヱ門の視線に気付き、三郎も首を捻って八左ヱ門を見た。
「…そんなに見詰められると、我慢が利かなくなるぞ」
ふざけて脅すように、三郎が言う。いいぞ、と八左ヱ門は言った。
「俺は、もっと三郎のことが知りたいんだ」
そう言った八左ヱ門に、馬鹿だな、と三郎は呟いた。少し困ったような、そんな声だった。
八左ヱ門の額を撫で、前髪をよける手の平。肌に押し付けられる三郎の唇。その感触がくすぐったくて、笑いながら、八左ヱ門は目を閉じた。
二人を包み込むように柔らかく弾む尾花の布団からは、秋の野の匂いがしていた。