八左ヱ門が風邪を引いた。この暑いのに風邪を引くなんて、と三郎は呆れたように言うが、具合が悪いようだと八左ヱ門が言った途端一番最初に医務室へ行ったのは三郎だった。校医の新野先生が留守で、三郎に連れてこられた保健委員長の伊作は、その時には雷蔵によって布団に寝かされていた八左ヱ門の額や喉を触って「風邪だね」と気の毒そうに言った。食後に飲むように、といかにも苦そうな黒い薬を置いて伊作が帰った後、三郎は井戸から水を汲んできて手拭を濡らすと、八左ヱ門の頬に押し付けた。熱が出てきたのかも知れない。八左ヱ門の頬は上気していて、「ありがとう」と言った声は少し掠れていた。少し寝たほうが良いよ、と雷蔵は言って、八左ヱ門の肩まで布団を持ち上げた。戸を開け放ち風通しを良くする。太陽の光が入ってこないように半分だけ簾を下ろしながら振り返れば、三郎が八左ヱ門の顔に団扇で緩々と風を送っていた。「三郎」と八左ヱ門が三郎を呼ぶ。なんだ、と応えた三郎が八左ヱ門の口元へ耳を傾けた。八左ヱ門が囁いた声は雷蔵には聞こえてこなかった。三郎が団扇を放り出し、八左ヱ門の横にごろりと寝転ぶ。八左ヱ門の身体を抱き寄せて、「寒気がするんだと」と三郎が言った。「熱が出ているんだ。仕方ないよ。上がりきってしまうまでは…」雷蔵は困って、そう言った。八左ヱ門が猫のように丸くなって三郎の懐へ潜り込んでいく。「雷蔵もこいよ」と呼ばれ、八左ヱ門を挟んでごろりと寝転んだ。発熱して熱い身体を背中から抱きしめる。「八左ヱ門、僕達がいるからね」と言うと、八左ヱ門の手が腹に回った雷蔵の手をぎゅっと握った。具合が悪くなると、自然と心細くなるものだ。少しでもそれが和らげば良いのにと八左ヱ門の髪に口付けた。こんな時なのに三郎が「雷蔵、ずるいぞ」と拗ねたような声を上げたので少し笑う。八左ヱ門は三郎に縋りつくように寝ているのにその言葉をお前が言うのか、と目で伝える。三郎は仕方ないような顔をして、自分も八左ヱ門の髪に唇を押し付けた。風が吹き、簾が揺れる。やっと寝入ったらしい八左ヱ門の少し苦しげな寝息に混じり、遠雷が聞こえてきた。暫くするとそれは夕立を連れてやってきた。回廊を打つ雨の音に、どうやら寝ていたらしい三郎が細目を開ける。「少し、涼しくなるな」と言って、三郎は八左ヱ門の額に浮かんだ汗を拭った。それから八左ヱ門ごと雷蔵の肩を抱き寄せて「雷蔵も少し寝ろよ」と笑った。降り始めたばかりの夕立は、すぐには去りそうにない。この雨で気温が下がり八左ヱ門の具合も少し良くなるといいな、と雷蔵はそう思いながら八左ヱ門の髪に頬を寄せて目を閉じた。一眠りして、起きる頃にはきっと雨も止み、夕焼けの空が綺麗に見えるだろう。